過去日記
2025年12月31日(水)
真の年納め ver.2025
フミと申します。無職になって2000日。
うおおおぉぉぉ! 2000日だよ、2000日! 2025年の大晦日に、ちょうど2000日!
無職になって2000日!
ネットの片隅に生きる健やか無職のフミさんとは、わたしのことだぁ!
能天気にこんな前口上の一つも言いたくなるくらい、スペシャルな一日です。
だって大晦日がちょうどぴったり2000日記念だなんて、これはなかなかに珍しいことですよ。
無職になること、そのまま無職で2000日元気に過ごすこと、その2000日目がちょうど大晦日にぶつかること、これらの3段クルーンを見事乗り越えたフミさんは、ある意味「達成者」と呼ばれても過言ではないのではないでしょうか。
ホントは前回の更新が年内最後かな、と思ったのですがちょっと早めに帰省から戻ってきたこともあり、この記念すべき日に2025年最後の更新をして、ゆるりと新年を迎えたいと思います。
2000日の記念日なので気分的にはいつもより一層ノリノリな感じで筆を進めます。
せっかくだし2025年振り返り大特集を組んでもいいのですが、特集記事を組めるほどでっかいイベントがあったワケでもないので、雰囲気だけ特集記事っぽく仕立てて、いつも通りの内容を書いていこうと思います。
2000日記念記事その1 「無職のフミさん 帰省する」
ということで、実家に帰省してきました。
帰省を「田舎に帰る」と表現することもありますが、市町村の人口規模的には今住んでいるところの方が実家のそれに比べて1/4くらいしかないので、田舎って言葉の雰囲気にあんまりマッチしないなぁ、などと思ったり。
実家に戻った時にありがちな、「親が使っているパソコン関連の困りごとを解決する」イベントを今年もクリアしてきました。
時期的に年賀状のシーズンでして、うちの親は未だに年賀状を送る習慣を続けているのですが、その年賀状印刷のためのプリンターがうまく動かない、的なトラブルでした。
「うまく動かない」の内訳というか直面するトラブルはいくつかあって、まずプリンターで出力したらなんか色味が思ってたのと違う、というのと、そもそも印刷指示をしてるのに動かない、という主張だったのですが、さらに困ったことに、いざそのトラブルを再現してみてもらったら、今度はパソコンがインターネットに接続できなくなる、という別の問題が新たに発生する、という複雑怪奇な事件でした。
結論というか対応としては、無線LANルーターの再起動と、プリントキューの再設定と、プリンターのヘッドクリーニングをすることで解決が図れたのですが、特にネットにつながらなくなった件については「どうしてその現象が発生したのか」が若干ふんわりしたままでした。
プリンターのマニュアルによると、パソコンとプリンターをルーターを介さず直接通信させた場合、パソコンが無線LANルーターと通信できなくなってネットにつながらなくなることがあるよ、的な免責事項が記載されていたのですが、実際にはプリンターと通信した後にプリンターの電源を切ってパソコンを再起動したあとも無線LANルーターとの通信が正常に行えない状況が続いていました。
なので、今回はプリンターのダイレクト通信モードによるプリントキューを一旦削除して、プリンターも一旦ルーターを介する形でプリントキューの再設定をしたところ事なきを得たのですが、もしこういうトラブル対応をお仕事としてやるなら、再度ダイレクトプリントモードのプリントキューを作って通信させたあと、パソコンがネットにつながらなく現象が再発するかどうかの再現確認までするんだろうなぁ、なんてことを思いつつ、でもまあこれはお仕事じゃないから別にいーやー、と対症療法的な対応で終わっちゃいました。
市場障害対応の担当者さんにおかれましては、いつもお疲れ様です。
しかしまあ、こういったトラブルに見舞われて困ることはありつつも、それでも親の世代でパソコンを使った年賀状印刷なんてよくできるなー、と思うのです。
うちの親はもう後期高齢者に属する年齢なのですが、年賀状ソフトで宛名を設定して裏面のイラストやら文面も用意して、それらを順次プリントする、といった一連の作業をまがりなりにも実践できるのは、身内びいきをさっぴいてもシンプルすげー、って感想です。
たとえば、自分が30年後40年後に新たに登場する電子機器をその時ソツなく使いこなせるか、と言われるとあんまり自信がありません。
たびたび言ってることですが、人間は誰しも年齢が増えるにつれて勝手にレベルアップして能力が増えていく、ということはなくって、基本的には学習、経験したことしか実践できない、という話なので、こういった機器の操作に関することもある意味で学習や経験の賜物、ということなのかも。
デジタルネイティブ世代の人にとっては「こんなのは常識じゃない?」って思ってしまうようなことかもですが、その人にとってそれが当たり前に知りうる知識なのかどうかは結構個人差個体差がありそうだな、ということが経験的に分かってきたので、世代が異なる場合に限らず、常識ハラスメント的な接し方にならないよう気を付けたいところです。
ところで、実家は今住んでいるところより人口規模的には都会だとはいえ、それでもそれなりに自然というか緑が残っている地域でして、庭の一角にどこかで拾ってきたどんぐり的なものを置いて、それを食べにくる動物を眺めて楽しむ、といった感じのことを楽し気に話していました。
実際にリスっぽい小動物がどこからかやってきて庭先で木の実を食べる光景を目にしたのですが、この話を聞いて「老人の日常におけるちょっとしたほんわか話」と捉えてよいものかどうか、というので若干もにゃもにゃしてました。
おそらく本人としては「老人の日常におけるちょっとしたほんわか話」という認識で話していると思ってるので、敢えてそこに水を差すようなことをその場では言わなかったのですが、この令和の世の一般的な感覚としては、この行為はどう映るのかがちょっと気になるところです。
この行為が即座に処罰対象になるかというと必ずしもそうとは言えないとは思いますが、鳥獣保護法のイメージからするとこういったシロウトの餌付け行為のようなものは推奨されないだろうなぁ、と考えると、ほんわか行為というよりは、どちらかというと「悪行」にカテゴライズされそうなアクションだな、というのが個人的な見解です。
あとで調べてみると、一応地方自治体からも餌付けしないでね、といったメッセージが告知されてたので、そういう意味でも「悪行」にカテゴライズされるだろうとは推察されるのですが、おそらく本人的にはどちらかというとよかれと思ってやってそうな雰囲気すらあったのでなんだかなぁ、というもにゃもにゃ感を抱いてしまうのでした。
なんかこう、若者が「悪いことしてやったぜ~」的な武勇伝(笑)を語るのとはちょっと違って、どちらかというと思慮の無さに基づく善意による悪行の申告って感じがするので、それを聞いてる身としては若干立ち回りが難しくて。
こういう時に温和なコミュニケーション的雰囲気を維持しつつ、問題点を指摘できるのは真のコミュニケーション強者なのかも、と思ったり。
なお、この盤面に関して本譜ではどうなったかというと、「鳥獣保護法に気を付けてね」という端的な表現をするに留まりました。コミュニケーション弱者。
ある程度勝手知ったる身内に対してもこのザマなので、赤の他人に対するコミュニケーションの難しさたるや、推して知るべし、という感じもしますが、案外逆に身内だからこそ気を遣ってしまう、といった要素があるのかもしれなくて、赤の他人相手だったら淡々と事実を示して事を済ませてしまっていいケースもありそう。
でもまあ、それでもやっぱりバッドコミュニケーションのリザルトは覆らなそうではあるなぁ。
そうそう。
先日、紅茶を飲むにあたってこじゃれたティーカップを買いに行こうかな、という話をしたところですが、今回の帰省のついでに、実家で眠っていたティーカップ&ソーサーを1セット譲り受けてきました。

これで今日さっそく紅茶を嗜みましてよ。
それでもまだティーバッグが90個以上残ってるので、とても2026年中に消費しきるとは思えないのですが、少しずつでも日常で紅茶を嗜むハイソサイエティマインドを醸成していきたいところ。
「紅茶を嗜む」
これを2026年のふんわり目標の一つにしてみようかな。
2000日記念記事その2 「無職のフミさん ゲームする」
いやまあ、これもいつも通り過ぎて改めて話すような話でもないんですが、2025年にプレイしたゲームを振り返ってみようかと。
・フュージョンワールド
・ロマサガRS
・ギルティギアストライヴ
この辺は2025年に限らないというか、その前から継続的に遊んでます。
そして2026年も引き続き遊んでいく感じになりそうです。これからもよろしくね。
・マインクラフト
ゲームを入手したのは厳密には2024年の末なのですが、頻繁に遊ぶようになったのは今年に入ってからでした。
いやー、マイクラ楽しいね。
夏にはハードコアエンドラ討伐もできて、今はハードコアじゃない方のハードモードで建築を楽しもうフェーズに入ってます。
その最新の状況がこちらです。

事前にちゃんと設計図のようなものを考えてから建築に臨むのが間違いないんだろうけど、如何せん未経験なので習うより慣れろの精神で、そこそこ行き当たりばったり感覚で建築作業を開始しました。

神明造の建物(仮)を正面から望む。
一望する、眺める、という意味合いだから「望む」であってるよね。
池に臨む神明造の建物を望む。
日本語ムズカシイね。

後ろ側からの景色。
奥に見えるのは最初の拠点とトラップタワーに続く足場。
慣れてきたらもっと大規模に整地してあれこれ作ってみたいけど、最初から大規模なものは作れないし、まずはお試しということで拠点のごくごく近所でチャレンジしてます。
いざ建築をしてみようと思ったら、どの木材を使おうか、とか、見た目はどうしようか、とか、今までの冒険とはまた全然違った楽しみがあって、マイクラの奥深さというか懐の深さを感じています。
初心者的には、既存のキレイな建築物をマネするところから始めてもよかったのですが、なぜか「神明造を作ろう」という意識が先だってしまったので、試行錯誤しながらの挑戦になっています。
でもこういうのも楽しいのです。
話が脱線したので、2025年にプレイしたゲームの話に戻ります。
・サガフロンティア2(リマスター)
・クロノトリガー(リマスター)
・スーパーロボット大戦IMPACT
・ロマサガ3(リマスター)
・桃太郎電鉄DX
こんな感じですね。
リマスターが混じってるのでなんとも分かりづらいですが、とりあえず完全新作は無いですね。っていうか概ね古い。でもいいの。古くても面白いんだから。
個人的にはスパロボIMPACTのロボット大図鑑が100%になったのががんばりましたポイント。
2026年にこれを買おう!って決めてるタイトルはまだないのですが、この感じだとスクエニ系の、特にサガシリーズのリマスターなりリメイクなりが出たら何も考えずに買っちゃいそうではあります。
ロマサガ3やアンサガのリメイク、待ってますよー。
2000日記念記事その3 「無職のフミさん 本を読む」
それこそ学生のころからマンガはよく読んでて、今も本棚に800冊以上のコミックが並んでいるところで暮らしているのですが、今追ってるのはよつばと!、晴れ晴れ日和、セントールの悩み、3月のライオンといったタイトルになります。
それとは別に年に1-2回ですが、漫画喫茶にどっぷり遊びに行くデーが不定期開催されてます。
2026年は呪術廻戦とかヒロアカのような、未読の王道メジャータイトルを読みふけるデーを作ってみたいなぁ、などと考えています。
と、本を読む、と称していきなりマンガの話を始めるのはいかにもアレな感じがしますが、無職になってから備わった新たな習慣として、継続的な図書館の利用というのがあります。
図書館にはホント多種多様な本があって、なーんとなく気になった、程度でも気軽に手に取れるのがとてもよいです。
理系というか情報工学系の出身なので、自然科学系のジャンルの本が好きなのですが、最近は理系からちょっと離れたジャンルの本も読むようになって、社会学のような文系色の強いものも楽しんでます。
で、直近で読んだのは法学というか、「刑法的思考のすすめ」という刑法に関する本で、上のティーカップの写真の後ろに写ってる黄色い表紙の本です。
これもなんとなく手に取ってみた系の本なのですが、内容がとてもよかったというか、すごく読みやすいんだけど、しっかり面白いというか興味深い内容でした。
ちゃんとした学者先生さんの書籍なんですが、非常に分かりやすいし、何より文体がとても好き。
同年代の方とはいえ、きっと普段はきっちりしてるハズの学者先生さんがこういうスタイルの文を書いてくれるのは、読む方としてはとてもありがたいです。
学校のような教育機関を離れて法学のような専門的な知識を改めて身に着けるのはさすがに難しいものがありますが、そのとっかかりとなるような知識の断片に気軽に触れられるのはいいですね。
せっかくなのでこの本の最後のブックリストに載ってた別の本も読んでみたいなぁ、と思わせる程度にはヒットしました。
こういう感じで法曹界に興味が出てくると、なんか適当にそこらへんの裁判所に傍聴に行ってみようかな、という気持ちにもなったりするから不思議。
フツーに社会人さん諸兄諸姉だとわざわざ時間を使ってまでそんなことをしに行こうかな、という気にはならないかもですが、幸い時間ならたくさんあるので、ちょっとそういうのも調べてみようかな。
比較的ご近所に簡易裁判所があったような気がするけど、簡裁だとそういう傍聴みたいなのはやってないのかなー。
とまあ、こんな感じでなんとなく興味が生まれる程度には本の影響を受けてます。
よし、せっかくだし
「裁判の傍聴をする」
これも2026年のふんわり目標の一つにしてみよう。
いいねいいね。
2000日記念記事その4 「無職のフミさん お昼寝する」
いやー、さすがにこれはタイトル的にダメそうかな。
なんていうかね、体力的なものなのか、生活習慣的なものなのか分からないのですが、ここ数年の間にお昼寝をすることが毎日の習慣になってしまってまして、そのせいで季節問わず場所を問わず、お昼過ぎになると結構な眠気がやってくるのですよ。
普段はおうちでのんびりしてるのでそれでもいいんですが、たまに外出する時なんかは数日前から体調を整えて、当日はタウリン入り栄養ドリンクを飲んで気合を入れて出かけるような、そんな感じになってます。
直近だと年明け早々の2日と3日にお出かけイベントがあって、いずれもお昼寝タイムが取れないハズなので、もう今日と明日は調整も兼ねてしっかり眠らないと、という感じです。
数年前までは新年といえばさだまさしの生放送をリアルタイム視聴してから寝ていたのですが、そんなことをしようものなら、2日3日のおでかけ用の体力が危ぶまれるし、それを乗り越えたとしても新年早々体調不良で寝込んじゃいそうな予感すらします。
かといって、生さだを録画して見るのもまたなんか違う気がしてるので、どうしたもんかなぁ、という。
ちなみに、今これを書いているのは31日の午後2時なので、今から10時間くらいしっかり寝て、深夜零時頃にむくりと目覚めて視聴して、視聴し終わったらまたオフトゥンに戻る、というアクロバティックな年越し計画もできなくはないのですが、どうしましょうね。
そして仮にこの計画を実行するとして、このタイミングで10時間寝るのを安易にお昼寝と呼んでいいものなのかもナゾです。
でもこんなことをもやもや考えてるくらいなら、とりあえずオフトゥンに入って体力回復に努めたっていいし、もっというと、適当に2000日記念とノリで書き始めたいつも通りの雑記のネタもそろそろ尽きてきたころなので、今度こそ本当に、2025年最後の更新ということで、この激動の2025年を締めくくりたいと思います。
改めまして、2026年も健文最職をよろしくお願いいたします。
2025年12月28日(日)
一旦年納め
フミと申します。無職になって1997日。
カウントダウンならぬカウントアップにちょっとドキドキ。
今年のクリスマスシーズンはさすがにもう終わってしまった感があり、実は先週くらいまでは、クリスマスにはなんかお外でご飯を食べたり、あるいはオードブル的なものをテイクアウトしてちょっと豪華に過ごそうかな、とか考えていたのですが、結局かなりいつも通りに過ごしてしまいました。
そのおかげで、去年から温めていた、じゃなくて冷やしていたビエネッタさんに手を付けることなくクリスマスシーズンを終えてしまったのでした。

こちらが今朝撮影した、去年のクリスマスから1年間冷凍睡眠したままのビエネッタさん姉妹です。
このまま数年経つとビエネッタ神の御神体になりそうな気がする。
でもまあビエネッタの人気を鑑みれば、きっと世間様でも似たようなことをやってても不思議はないというか、そういうとこも含めてなんか神道っぽさがあるというかなんというか。
日本各地にある稲荷神社みたいな感じで、あちこちのご家庭の冷凍庫でビエネッタ神社、ビエネッタ祠みたいなのが祭られてるイメージ。
常温保存がきかないアイスとはいえ、今や停電みたいな突発的な事故が発生しない限りはずーっと長期保存できちゃう環境だからなぁ。
萌え絵系の擬人化ブームはだいたい20年とか25年くらい前に始まったように感じていますが、神道に限らず一部の宗教的なものも見方をちょっと変えると結構擬人化っぽいことをしてる感じもするので、ビエネッタさんの擬人化を提案したときに、それは萌え的な発想なのか、宗教的な発想なのか、切り分けるのが少し難しそう。
そんなことを考えつつ、森永さんからいつの日か、復刻イベント的な感じで「ビエネッタさん復活祭」みたいなのをやってくれることを密かに期待しながら、また一年過ごそうと思います。
さてさて、今日は2025年最後の日曜日です。
多くの、というとちょっと語弊がありそうですが、有給休暇に余裕があって、お仕事的にも余裕のある社会人諸兄諸姉の一部の方々は、先週金曜を仕事納めとして、もう昨日とか今日は冬休みモードに入っている、という可能性もありそうですね。
まるっと1週間休めるタイミングもそう多くないだろうし、しっかり英気を養っていただきたいところです。
その一方で、明日も明後日も、なんなら大晦日や元日も働いてる人h働いてるわけで、そういう人がいるから社会が回ってるのね、と思ったり。
電車やバスのような交通インフラ系なんかは分かりやすく働いてる感じがしますよね。
年末年始に減便するのか増便するのかは状況よりけりではあるものの、年末年始に鉄道で帰省できるのはそういうところで働いていらっしゃる方がいるからでございます。ありがたやありがたや。
あとはお店の店員さんとかも見えやすいところにいますね。
コロナ前に比べると年末年始にお店を閉じるところが増えた印象はあるものの、それでもそこそこのお店が年末もギリギリまで、新年も早々に働いてるんですよね。
すごいことです。ありがたいことです。
そんな感謝を忘れず、フミさんとしては明日帰省することにしました。
いつまで実家に籠るか不明ですが、今のところ大晦日には戻ってこようかな、の気持ち。
社会人生活を終えて以降、別にいつでも実家に帰れる状況ではあるので、他人様と同じようなタイミングで帰省する必然性はあまりないといえばないのですが、なんとなく長いものに巻かれちゃってる感はあります。
日頃おうちでダラダラ過ごしてるのが、実家でダラダラ過ごす状況に変わるだけで、なんならゲームとかもなくってネットに触れる時間が下がる分、ちょっとだけ健康的な過ごし方になるかもね、くらい。
一方、年明けは学生時代の友人と会いにお出かけする予定がちょっとだけあるので、遠出イベントというのもそうですが、人混みに突っ込む可能性が高いので、色々健康面には注意したいところ。
一般的な生活に比べて、他者との接触の機会が著しく低い生活を普段送っており、おそらく免疫力的な意味でもへろへろなステータスになってることが予想されるので、ちょっとしたことで簡単にダウンしそうだな、という予感がしてます。
とまあ、そんな感じの年末年始になりそうなので、とりあえず2025年はここらでおしまいです。
2025年もそれなりに健康で文化的な生活は送れたんじゃなかろうか、という気持ち。
来たる2026年も健文最職のスタイルを維持して、のへのへ暮らしていけるといいね、というのを目標に、一旦2025年を締めたいと思います。
2025年、お疲れ様でしたー。
2025年12月26日(金)
もう平日なのだ
フミと申します。無職になって1995日。
今日は天気よかったけど風がすごかったです。せっかくなので部屋の換気をしました。
昨日の夜、雑記を更新したあと、予告通り売れ残りケーキを狙うべく、駅前のスーパー2店舗とまた別のスーパー1店舗の合計3店舗を巡回してきました。
普段、雨が降ってたらわざわざ外出しようなんて思わないのですが、獲物を狙う肉食獣、あるいは猛禽類の精神で雨の中のお出かけです。
以前は26日の朝に見に行って、すっかりケーキが無くなってるのを確認した記憶があるので、この25日の夜というのがハイエナ的ベストタイミングなんじゃないか、という目論見で結構ワクワクしながら向かいました。
んが、結論から言うと、売れ残りケーキなんてなかった!
厳密にいうと、お店によっては売れ残っているケーキはあるにはあったんですが、別に安売り投売りはしてなかった、というオチ。
そんなわけで、寒い中まるっと一時間くらい謎の外出をしちゃったわけですが、普段とはちょっと違うお買い物もできず、食パンとか油揚げとか、すんごいいつも通りのお買い物をして終わりになりました。
一応、ケーキではないものの、クリスマス用の調理済みチキンが3割引きで売ってるのを見つけて、それなりに買うかどうか迷いはしたのですよ。
ケーキハンターのつもりで出かけてこのまま手ぶらで帰るのもなぁ、なんて考えたりもしたのですが、鶏肉なら未調理のものを買って家に帰って自分で揚げたり焼いたりした方が安上がりだなぁ、とか考え始めちゃったのでもうオシマイです。
こういうおめでたい系の季節限定のアイテムに関して、値段がどうとか考えだしたらもうダメじゃんねぇ。
自分の中で、ケーキはさすがに自分で作るよりはお店のものを買いたいなぁ、という線引きがあるのですが、から揚げとかフライドチキンはややビミョーなところ。
昔は揚げ物って大変そう、と思っていたのですが、準備が少ない揚げ物はさほど面倒ではないな、というのが最近の考え方。
そういう意味では、シンプルめな天ぷらやトンカツやチキンカツはさほど面倒じゃない方で、メンチカツやコロッケなど、揚げる対象がそもそも下準備を要する系は面倒だな、と思ってます。
まあそういうこともあり、コロッケとメンチカツはお惣菜屋さんで買うことが多い系のおかずです。
一方、今日はもう平日ということで、今日のお昼ご飯は先日調理の下準備として翻訳だけした、インドネシア製の謎の粉のスープを食べました。
水1リットルに対してだいたい粉を10g溶かしましょう、という感じだったので、今回は500mlに5g分、という感じでスープを用意して、そこに先日のパエリア崩れで残ってるセロリと豚肉を入れてみました。
あと、写真を見るとフォー的な麺類が入ってたので、それの代わりとして春雨とかマロニーちゃんとかを入れようかな、と思って麺類代表として買ったマルタイラーメンも入れてみました。
で、そんな感じで食べてみたらそこそこ塩味風味で、なんとなく塩ラーメンっぽい感じになりました。
このスープの素を使ったのも初めてだし、マルタイラーメンを食べるのも初めてでしたが、この組み合わせはそこそこいい感じ。
まだこのスープの粉が95gも残っているので、スープ換算であと9.5リットル分使えるということなのか。お腹ちゃぷちゃぷさん。
ところで、このスープの素のようなインドネシア料理を意図してエスニック風味、って言葉を使おうと思ったのですが、なんかメキシコ料理みたいなのもエスニックって呼称されてなかったけ、と思いエスニックの意味を調べてみたところ、エスニック(ethnic)って「民族の」って意味らしいですね。
ということは、エスニック料理ってのは要するに民族料理って意味なワケで、それをもって味をイメージさせるのって無理なのでは? と思ってしまいました。
和風の煮物も、大和民族の料理ってニュアンスでエスニック料理って表現してもいいことになっちゃいそうだなぁ、と思ったのですが、そもそも英語圏で特定の料理のイメージを表すために「○○ethnic」ではなく「ethnic」が単体で使われてるのか、ちょっと気になるところ。
まあそれを言ったら民族衣装とか民族楽器っていう言葉も大差ないのですが、これはそれ相応の文脈の中で使われるのに対して、なんかエスニック料理っていう言葉は文脈依存性が低めで、むしろ独立して使われてない?と思った次第。
エスニック料理というとなんとなく辛そうというかスパイシーなイメージが湧いちゃうんだけど、これってきっと辛い系の民族料理を勝手にイメージしてるだけで、人によってイメージが違ってもおかしくないのかも。
エスニックって難しい。
2025年12月25日(木)
めりくりの有効期限
フミと申します。無職になって1994日。
今日の曇天はマイナス判定。雪も降ってないしなぁ。
今朝はまず忘れずにフュージョンワールドのイベント残り1戦から。
最後の7戦目は赤悟飯ミラーで、これに負けて今回は6勝で終了。

6勝でもSRセットはもらえるから、これはギリギリ耐え。
7戦の対戦相手の内訳は
・緑ターレス
・黒Jr
・赤悟飯ミラー
・黄ブロリー
・赤悟飯ミラー
・赤悟飯ミラー
・赤悟飯ミラー
という感じでした。
個人的な印象は赤が強くて黒がそこに続いて、というイメージです。

オマケパックのカード集めは次のイベントでがんばろうかな、と思います。
次のイベントマッチは10種のデッキで内容が固定された環境のハズなので、自由にデッキが選べるなら幾分戦いやすいかな、と思ってますが果たして。
これじゃクリスマスっぽくない、という感じがするかもですが、じゃあこっちはどうだ!?

マイクラを起動したら、チェストがクリスマス仕様になってました。
気分はもうクリスマス。
このハードモードはエンドラ討伐だけじゃなく、前々からやってみたことをゆっくりまったりあれこれやってみようの精神で遊んでて、昨日思いついた次の目標は、マイクラ建築を楽しんでみよう、というもの。
でもいきなりでっかいものを作るのは難しそうなので、フミさんのマイクラ建築第一号は「神明造の建物」を作ってみたいなと思ってます。
伊勢神宮は行ったことないけど、手ごろなサイズ感でなんとなくイメージもしやすいので、練習題材としてはちょうどいいかな、と。
でもまずはその前にいつものトラップタワーを作ってエンチャント場を作ることになりそうです。
ということで、クリスマスというキリスト教系イベントの日に、神道系の建築物のサンプル写真を漁ってます。実に現代日本っぽいですね。
そんな私は未だに「メリークリスマス」の挨拶の有効期間がいつからいつまでなのか把握してません。
今日はまだセーフ? 明日はアウト?
なんなら年内はセーフくらいで合ってほしい気持ち。
よし。日も暮れてきたし、近所で売れ残りケーキの安売りでもしてないか、なんとなく見に行ってみようかな。
なお、冷凍庫のビエネッタさんは昨日はタイミングを逃したのでまだ食べてません。
自分の中でこのビエネッタさんはRPGでいうところの再入手不可能アイテムって感じの扱いになってるので、ラストエリクサー症候群のフミさん的には食べるのにちょっとだけ勇気がいる感じになってきちゃいました。
日本の神道的思考なら、こういうところからいつしかビエネッタの神様が祭られたりし始めるのかも。
2025年12月24日(水)
めりーくりすます
フミと申します。無職になって1993日。
今日は曇天というか雨天で寒いけど、夜に雪が降るかも、という期待感によりプラス判定。
今日もいつも通り朝からゲームして、お昼寝して、夜もゲームして、と過ごすつもりだったので、朝はいつも通りフュージョンワールドをしてました。
明日締め切りのイベントマッチですが、今日時点で6戦までこなしたので明日あと1戦やれば一応完遂。
フリーで回してた感触から、赤悟飯が強いかな、と思ったのですが、フリーで何戦か黒Jrに負けるシーンがあったので、じゃあ黒Jrも試しに使ってみるか、とフリーで何戦か黒Jrを握った結果、イベントマッチは赤悟飯で参戦することになりました。
今のところ6戦やって6勝できてますが、赤悟飯における2コスブロッカークリリンの使いどころが未だに分かりません。
このカードいつ出せばいいんだろう、と思いながらエナジーに埋められたり10kコンボとして使われたりしてて、場に出ることがほぼないんですが、巷の構築を見るとフツーに4積みされてて不思議な気持ち。
のびしろ、のびしろ。
一方、フリー対戦では現状は主に緑ピッコロSHを握っておりまして、赤悟飯を狩ろうとするデッキを逆に仕留められてる印象で、相対的にそこそこいい立ち位置だな、という感触。
フリー対戦で赤悟飯と遭遇してないので詳細は不明ですが、赤悟飯に対してはおそらく速度的に耐久が間に合わず負けそうな気がしてるので、結局環境トップにはなれないんだろうな、感を感じながら使ってます。
ここ数シーズンは赤セルを握ってはいたものの、初期は緑ブロリー、その後は緑人造といったファッティ系の緑を好んで使っていたことから、やっぱりエナジーブーストするタイプの緑は使ってて落ち着きます。
とまあ、そんな感じで朝を過ごしていたのですが、お昼前くらいに、比較的近所に住んでる社会人時代の友人からメールが来てることに気付きまして、
「ちょっとお茶しなーい?」
的なフランクなお誘いを受けて雨天ながらひょこひょこ遊びに行ってきました。
少し面白かったのが、このお茶をしばきに行くために最寄り駅へ向かったところ、これまた比較的近所に住んでる社会時代のまた別の友人と1年振りくらいに遭遇して、1年前と同じように軽く世間話をしました。なんたる奇遇。
1年前はケータイ端末の機種変更の手続きに行ったら、その友人もたまたま同じケータイショップに用があったらしく、店内でばったり遭遇する、という感じでした。
都会というよりはどちらかというと田舎寄りな地区ではあるけど、そこまで頻繁に知り合いに遭遇するほど人が少ないワケじゃないと思うのですがーがー。
その友人は今日はお子さんと一緒にケーキを買いに来ていたらしく、お子さんともちょっとだけお話したけど、なんとも利発そうでした。
自分が小学生のころを思い返して比較してみてそう思ったのですが、平成後期および令和の世のお子様は全体的にしゃんとしているのか、あるいはよき家庭環境の賜物なのか。
突如出現した親の(元)同僚っていう謎の人物に対してしっかりと応対したのでそう感じた次第なのですが、顔見知りならともかく、知らない人に対してちゃんと受け答えできるのって結構スゴイと思うのですよ。
これって、私の判定が甘いだけなのかなー。
いやー、でも見ず知らずの人相手に話すのって私は未だに慣れないけどなー。
すごいなー、すごいなー。
そういう利発そうなお子様ならば、今夜サンタさんからプレゼントをもらえそうだな、とかそんなことを思いました。
で、そんな感じでクリスマスイブの今日、突発的に街にお出かけしてきたのですが、まず思ったのは、お惣菜屋さんがどこもかしこも鶏肉というかローストチキンを売ってたのがちょっと面白かったです。
冗談抜きに、今日は一年で一番鶏肉が消費される日かもしれない。
勿論、ケンタッキーに至ってはお昼だというのに長蛇の列ができてました。
みんな鶏肉好き過ぎじゃんねぇ。
そんな感じで食べ物屋さんをぶらついたあと、待ち合わせまでもうちょっと時間があったので、電気屋さんのPCとかゲーム関連コーナーを見に行ってみたら、レバーレスコントローラーの体験コーナーがあったので、人生初レバレスを体験してきました。
ソフトはスト6のトレーニングモードが用意されてて、Cジュリちゃんを動かせるようになってました。
何気にスト6も初体験。
スト6の画面は散々配信で見てるけど、自分で動かすのはこれが初めて。
レバーレスコントローラーのスタートボタン?オプションボタン?なんていうか分かりませんが、それがどこにあるか分からなかったので、コマンドリストを表示することができずなんとなく試行錯誤してみたところ、SA1とSA3は出すことができました。
パッドに比べてレバーレスのが確かに速くコマンドを作れそうではあるけど、パッド勢がレバーレスに移行するのはそれなりの苦労を伴いそうだな、ということがよく分かりました。
あと、パリィドライブラッシュを、
パリィ > 前 > 前
と
前 > パリィ > 前
とで比べてみて、あー、なるほどなー、と思うなど、動画オンリー勢らしく、なんとなく知ってるけどやったことなかった操作を実際に試して、一人きゃっきゃしてました。
で、本来の目的であるところの友人とは、ランチにカレーを食べまして、そのあと喫茶店にでも行こうとしたら生憎喫茶店が空いてなかったので代わりにサイゼリヤにいったところ、学生さんがめっちゃいました。
まだお昼過ぎだったことを踏まえると、もしかすると今日が終業式だったのかな、というくらい制服姿の学生さんグループが多かったです。
サイゼリヤには、ネコちゃん配膳ロボットに出会えることをちょっとだけ期待していたのですが、残念ながら今日行ったお店には不在のようでした。残念。
もし自分にお金の余裕がすごくあったら、自分のお家にもあのネコちゃんロボット欲しいなー。
って友人に言ってみたところ、これに関しての賛同は得られませんでした。やむなし。
で、午後3時くらいに帰宅してきたワケですが、復路の電車でも駅前でも、ケーキやらピザやらドーナツやら、クリスマスっぽい感じの食べ物を手にした人をたくさん見かけました。
ほんと老若男女問わず、不景気っぽさを感じさせないというか、街行く人がクリスマスというこの時期を楽しんでそうでなんかいい感じ。
クリスマスに一人で過ごすことを自嘲気味に残念がる風習が一部界隈ではありますが、多くの人がクリスマスに幸せムードになってるのは、第三者視点的にいいことだと思う今日この頃。
他者と比較して自分を惨めに感じる必要はあんまりないというか、そもそも世の中の半数の人は概ね平均以下なので、そうなると他者と比較したら半分くらいの人は惨めに思うことになっちゃうはず。
他人がツンケン殺伐としてる世界よりも、他人が幸せそうにしてる世界の方が個人的に好きなので、そういう意味でクリスマスシーズンは好き。
浮かれてチキンをほおばっていいじゃない。
あ、そんなフミさんの今日のお夕飯は、またパエリア崩れです。こないだの残りじゃなくて、昨日新たに2作目を作ったので、その残りです。まあ残りご飯であることには違いないです。
2作目は1作目よりもさらにオミットし、まずカレー粉を抜き、お肉も牛肉から豚肉へダウングレードしました。
1作目のときのお肉は250gで1000円前後するステーキ肉を使いましたが、2作目の今回は100g当たり120円のスペイン産豚バラブロック肉を使用。
このままいくと多分3作目は100g88円くらいの鶏肉になりそう。
フライパンにお米を入れて、そこにコンソメスープを入れてご飯を炊く、という一連の作業がちょっとだけ気に入ってしまいましたので、このパエリア崩れは来年のマイブームになる予感がします。
そんなわけで、今度ぎょーすーさんに行ったらホールトマト缶をちょっとだけ買いだめしようと思ってます。
と、なんとなくパエリアというなんかちょっとクリスマスっぽい話題で締めくくれましたね。
みなさま、よいクリスマスをお過ごしください。
2025年12月22日(月)
たのしいにほんご
フミと申します。無職になって1991日。
今日は久しぶりにからっと晴れていい天気。
こんな日和なら少しお出かけしてもいいかな、と思う一方、明日は火曜日で図書館へのお出かけが予定されているので、二日連続で外出するとなるとエネルギー的に危険なこともあり、今日は窓の外の晴天を眺めて満足しています。
こういう時にふと思うのは、縁側のある小さい庭でお茶でもすすりながらひなたぼっこをする、という昭和の老人ムーブっていいなぁ、とかそういうこと。
もしかしたら令和の今でもそういうのがあるのかもですが、あんまり見かけることがなくなっちゃったかも。
昔に比べると他人様の民家を覗き込めるような環境が少なくなってるからそう思うだけで、高齢社会と言われている今ならもしかして昭和時代よりも縁側茶しばきイベントが多発してたりしたら、それはそれでちょっと嬉しい気持ち。
今日のお昼ご飯は昨日のパエリア崩れの残りです。そして当然のようにまだ残っているので、今日のお夕飯も同じもの。
カレーを作った時なんかもそうですが、同じメニューが数回連続で続いても別段イヤな気持ちにならないので、こういう時にちょっとお得というか、まとめて作り得というか。
そのパエリア崩れですが、参考にしたレシピでは仕上げに際して火力を高めておこげを作ろう、みたいなことが書かれてて、それを実践してみたところ、おこげというか焦げができてしまいました。
まあ、手作り感というか、味というか。次回はもうちょっと火力を加減しよう、というチャレンジ目標を立てた感じ。
まだトマト缶が半分残ってるので、近いうちにリベンジパエリア崩れをしたいところ。
で、ふと思ったのが、この「おこげ」なるもの。
「焦げ」という単語に丁寧の接頭語の「お」を付けた言葉ですが、おこげは「焦げを丁寧に表現したもの」ではなく「おこげ」っていう物なのですよ。
それはそうって感じですが、別物と言えどおこげには焦げの要素が結構入ってるのがまた紛らわしいところ。
似たような言葉がほかになにかあるかなー、と考えてみたところ、
「冠」と「おかんむり」
「国」と「お国」
「ひねり」と「おひねり」
あたりが思い浮かびました。
考えてみるとほかにもたくさん出てきそうですが、これらのシリーズの間でも、元の言葉の意味の残存率にちょいちょい差がある印象で、たとえば
「おこげ」に含有される「焦げ」の比率
というのは、
「おかんむり」に含有される「冠」の比率
よりも高いと思うのですよ。
「おこげ」とか「お国」の場合は、「お」という丁寧な接頭語を付けることによって、特定の限定的な意味での「焦げ」や「国」を指し示す用法、と捉えることができるかもしれません。
スラングを含めるともっとたくさんサンプルが出てきそうですが、こういうのを分類して体系的に調査してみると、「お」という接頭語の不思議さが見えてくるかも。
日本語を母国語というか第一言語とする人の多くは自然とこういうシステムを無意識レベルで使いこなしていて、シンプルにすごいとは思うけど、きっと英語にもほかの言語にも似たような事象はあるんだろうなぁ、と勝手に思ってますが、残念ながら私は英語やその他の言語に明るくないのでさっぱり分かりません。
ある言語をちゃんと話せる、という状況というのは、単に文字や単語や文法を理解しているというだけでなく、このようなナゾシステムを把握し、更にはその言語が用いられている国の歴史や文化なども含めて理解している状況なんだろうな、と思います。
歴史や文化の理解まで言語の理解の範疇に含めちゃうのはちょっと乱暴な感じもしますが、この歴史や文化の理解度によってちょっとした冗談が通じるか通じないかの差は生じることを考えると、きっと広義の意味での言語理解でいいんじゃないかと考えています。
こんな話を書きながらふと思ったのですが、日本国内における授業科目としての「国語」ってのがあるじゃないですか。
あれって要するに自国の言葉って意味での自国語、つまりは国語だと思うのですが、これに相当する英語表現って何なんだろう。
「国語」を英訳すると「Japanese」になって、「英語」を英訳すると「English」にはなるんですが、「Japanese」を和訳するとそれはあくまで「日本語」であって「国語」じゃないんですよね。
なんですかこのバグみたいな展開は。
母国語って表現だと「mother tongue」っていう、牛タンならぬ母タンみたいな言葉があることは知ってますが、あれって英語圏における科目名になっているんでしょうかね。
あんまりそういう印象はないんですが、これは私のシンプルな知識不足によるナゾです。
私が知らないだけで、英語圏で英語の科目が実は「English」ではなく「national language」みたいになってたら、この話は一旦おしまいです。
もし今度日本語圏以外の学校教育を受けてきた人に会って話す機会があったら、この「国語」という科目名の事情を聞いてみたいな、と思いましたので、「外国人向け話題リスト」にとりあえず追加しましたが、このリストがいつ活用されるのか、それはさっぱり分かりません。
2025年12月21日(日)
初パエリア崩れ記念
フミと申します。無職になって1990日。
今年も残すところあと10日です。
そして、お気づきの方もいるかもしれませんが、なんと今年の大晦日で、フミさんの無職日数がちょうど2000日を迎えることになるのです。
うおおー!!!
なんかすごくピッタリで謎のおめでたさすらあるけど、冷静に考えると何にもおめでたくはない不思議。
当然退職したタイミングでこんなことを計算していたハズもないので、ホントにただの偶然なんですが、なんかちょっとスゴイ噛み合わせです。
とはいえ、2000日を迎えたから無職を卒業するという予定もなく、来年からは無職2001日目として平然と生活していく見込みです。
それはさておき。

作ってみました、パエリアならぬ、パエリア崩れ。
もっとヒドイ出来栄えになるかと思っていたのですが、思いのほかちゃんと焼き上がりました。
昨日の目論見通り、材料を結構オミットしたのでやっぱり色合いは茶色っぽくなったけど、それでもまあ想定ほどひどくなくって一安心。
タマネギ、にんにく、セロリを刻んで炒めて、そのあと牛肉とピーマンも炒めて、そこにホールトマト缶を入れてちょっと煮込む感じにしたあと、一旦お肉とピーマンを退避。
そこにお米を入れてしばし炒めたあと、コンソメスープを流し入れて、お肉とピーマンを並べてゆっくり焼いたら出来上がり。
お米と一緒にちょっとだけサフラン代わりにカレー粉を入れてみましたが、トマトの主張が結構強かったので別になくてもいいんじゃないかな、と思いました。
今回はお米を研がずに調理したのですが、食べてて違和感がなかったので、もしかして最近の無洗米でないお米って、あんまり研がなくてもおいしく食べれるんじゃなかろうか、なんて思ったり。
特に今回みたいにお米に味がつく場合はそんな傾向が強い気がします。
精米技術の進歩の賜物なのかもしれないし、味音痴ゆえの感想なのかもしれないね。
今回お買い物に行って赤と黄色のパプリカのセットが300円だか400だかで売ってるのを見かけて、せっかくだから買ってみようかな、どうしようかな、と結構悩んだ末、その半値以下で売られてるピーマンを手にしました。初志貫徹。
サフランもそうだけど、この手の料理は細々としたこだわりポイントを少しずつ妥協していくことで、本来持っているきらびやかなオーラがガリガリ削れてフツーのメニューに落ち着くんだろうな、みたいなことをなんとなく感じました。
でも、フライパンでコンソメスープと一緒にご飯を焼くというか炊くことが思ったより簡単なことが判明したので、もしかするとこのパエリア崩れはスペシャルメニューじゃなくて恒常メニューにしてもよさげなのかも、と思いました。
洋風炊き込みご飯といった感じ。
まあ今回個人的に一番のポイントは、牛肉というか、ステーキ用のお肉を買ったところでした。
普段は豚と鶏が多いので、久しぶりに牛肉を買ったような。
そこまでお高いものじゃないにせよ、やっぱり豚さんや鶏さんに比べると値が張るからなぁ。
さすが年末ですねぃ。
ただ、前述のとおりトマトの味が結構支配的ではあるので、これを牛肉の代わりに鶏肉で作ってもそこそこいい感じに出来そうな予感。
こうしてどんどん廉価版になっていくけど、その方が普段使いに便利な気もするしこれはこれで。
ということで、果たしてこれがパエリアかどうかはさておき、パエリア崩れとしては今回は比較的満足のいく結果となりました。
初回にしては珍しい成功事例。
最後に、今日のゲーム。
ロマサガRS、最近追加された螺旋回廊510階、アントニウスお兄様を退治しました。

直接攻撃に対してひたすらカウンターを使ってくるし、一応斬弱点なんだけど、攻撃すると斬防御が跳ね上がるので、じゃあもう一つの弱点である陰属性の間接攻撃で攻めるのが正攻法なのか、と思いきや、OD攻撃ならカウンターを無力化できるので、弱点なんか無関係に棍棒というかリラ姐さんにひたすらしばいて倒されるアントニウスお兄様なのでした。
先日の剣のウェポンリンクのトゥクアイさんもそうでしたが、やはりウェポンリンクは偉大。
今回のパーティだと5ターン目の攻撃をおたまのスゴイツヨイバリアで防ぐのが唯一の注意ポイントで、あとは毎ターンリラ姐さんがボカスカしてるのを眺める感じになりました。
最新の四元像ガチャは今のところ見送ってて、早いところ新しいターミンが来ないかな、と待っているところなのです。
クリスマスだのお正月だの、きっとまた新ガチャがやってきそうなので、ターミンが来るまではうっかりジュエル袋の紐を緩めないように気をしっかり保ちながら過ごす日々。
はやくしろっ!!!!
間にあわなくなってもしらんぞーーっ!!!!
2025年12月20日(土)
食べ物で遊ばない
フミと申します。無職になって1989日。
でも食べ物で楽しむのは大事なのだ。
今週はピザとかパエリアの宅配のチラシが投函されてました。
こういうチラシを作るのも配るのもタダじゃないことを思うと、相応の効果を見込めなければやらないとは思うのですが、以前はこれでもかー、って感じで結構な頻度で投函されてまして。
商品の種類もピザ、ファミレス、お弁当、パエリアなどなど、多岐に渡っていたのですが、それがここ2-3年くらいでしょうか、いずれも随分減ってきた印象でした。
で、今日久しぶりにチラシが入ってるのに気付きまして、これはもしかすると外食業界の景気回復の兆しだったりしないかな、なんて思ったり。
あるいは、時期的にクリスマスや年末年始が近いこともあって、チラシの効果を見込みやすい時期にピンポイントで狙いを定めてやってる可能性もありそうで、真相は闇の中。
以前は宅配ピザのチラシを見て、宅配ピザのサービスを利用したこともありましたが、ここ数年はぎょーすーさんの冷凍ピザ生地を結構な頻度で買っているので、ピザが食べたくなったら適当に具を乗っけてオーブンで焼いて、という感じで済ませちゃってるので、宅配ピザはほとんど利用しなくなっちゃいました。
人が集まったりするシーンでは重宝しそうですが、まあ普段使いするのはちょっと躊躇われる価格設定ではありますよね。
配達する部分のコストがある程度価格に上乗せされているとはいえ、他の食べ物と比べてもちょっと強気な価格設定をしてるなぁ、という印象が未だに残るピザ。
生地や具材に高級食材が使われていたりすると話はまた別なんですが、比較的シンプルめなピザでも簡単に1000円2000円しちゃうからなぁ。
一方、パエリアは普段ほとんど食卓に登場することはなくって、それこそスペイン料理のお店で楽しむスペシャルメニューって感じで、チラシの写真で魚介類とともにゴージャスに盛り付けされたものを見ると、ちょっと食べたくなる気持ちが湧いてきます。
が、そもそも私はあんまり魚介系が好きじゃないというか、他の人が好んで食べるほどには好んでいない、という感じなので、海老や貝がご飯といっしょにいるのを見ると、ちょっと食べるのにジャマそうだな、なんて罰当たりなことを考えてしまいます。
でもそんな私向きのメニューも用意されてて、牛ステーキをメインに据えて、魚介系が全然入ってないパエリアもあって、そもそもパエリアって何ぞ?
と思って調べてみると、どうやら魚介はパエリアの本質ではないようでした。
お店で用いられているような平べったいお鍋は無いけど、フライパンでお米を炊き上げたらそれっぽい感じで家庭でも作れたりしないかな、なんて思いまして、ちょこちょこレシピを漁ってみました。
で、いくつか家庭向けの簡略版レシピを見てて思ったのは、フミさん的取捨選択でばっさり切り捨てていくと、このままだとパエリアじゃなくてただのチャーハン的な、あるいは焼きめし的な何かが出来上がりそうだな、と思ったり。
たとえばパエリアといえばサフラン、というイメージもありますが、多分サフランの有無で色味の違いは出るものの、わざわざこのためだけに買うほどのものじゃなかろーもん、みたいな気持ちになって真っ先にオミットされるので、この時点で見た目がもう黄色くなくなっちゃうワケです。
そして海老やら貝やらも多分入れず、代わりにお肉とかお野菜を入れるので、全体的に色味も茶色系に寄りそうで、多分思ってたのとちがう何かが生まれそうな予感しかしません。
ただ、そうはいってもフライパンの煮汁でお米を炊き上げる、というのはちょっと面白そうなので、今度ちょっと試してみたいな、と思う程度には興味が湧いてきました。
ということで、今後のパエリア崩れのためのお買い物メモ。
・お肉(鶏でも牛でも)
・ピーマン(パプリカの代わり)
・にんじん
・たまねぎ
・トマト
多分こんな感じかなぁ。
マッシュルームとかもそんなに好きではないので、わざわざ、という感じ。
あと、幸い以前買ったカレー粉がまだ残ってるので、それをちょちょいと入れるとなんとなく色味をごまかせそうな気がちょっとします。
味がめっちゃ変わりそうではあるけど、そもそも本物のパエリアの味がいまいちイメージできてないからこれはこれで、という話なのかも。
やはりパエリアもどきというか、パエリア崩れと呼ぶにふさわしい。
本物の味がイメージできないといえば、先日調理したナシゴレンの素といっしょにもらった謎の粉ですが、そっちはそっちでそろそろ調理してみようか、と思ったので、今日はパッケージの翻訳作業だけ行いました。

パッケージ裏面の文章。
インドネシア語は一般的なアルファベット26文字だからこういう時助かるね。
タイ語とかだったら入力の時点でややお手上げ感があるもんなぁ。

とりあえずこの粉はお湯に溶かしてスープとして使うっぽいのね。
で、写真を見る限り、鶏団子やビーフンっぽい麺、あと葉野菜っぽいのが入ってるので、そういうのと一緒に茹でるというか煮ればいいのかも。
こっちはこっちでちょっと面白そう。
ということで、年内どこかでパエリア崩れやこの謎のスープのための買い出しに行ってこよう。そうしよう。
普段の食材のお買い物において、こういう感じで明確な目標を定めて行くことが少ないので、いつもよりちょっとだけ楽しいお買い物になりそう。
なお、ホントは今日のお昼前に買い出しに行ってみようと思い、着替えて身支度をして家のドアを出るところまではいったんですが、雨がポツポツ降ってたのであえなく撤退しました。今日のお出かけ終了。
2025年12月19日(金)
ぐだごご
フミと申します。無職になって1988日。
すんごい久しぶりにお風呂に入りました。
こういう書き方をすると風呂キャン界隈かと思われちゃいそうですが、普段はシャワー派であって浴槽にお湯を張らない、という意味だと補足しておきます。
そんなフミさんが珍しくお風呂を沸かそうと思うくらい、最近は寒くてですね。
天気はいいのにそれでもお風呂に入って温まりたいと思ったのですよ。
ということで、今日はお昼頃から優雅なお風呂タイムと洒落込みました。
スマホを持ち込んでラジオ的に雑談配信を流しながら、ゆったりお湯につかること50分。
大分身体がぽかぽかになってお風呂から上がるところまではよかったのですが、そこからがとてもひどかったです。
というのも、久しぶりに入浴したからか、めっちゃ身体がダルーって感じになって、髪というか頭にタオルを巻いてそのままベッドに倒れ込むように休んでしまいました。
横になってるとなーんとなく頭痛を感じるものの、でも以前体験したような眩暈とか吐き気はなくって、血行がよくなったことによるなんとかかんとかかなー、なんて思いながら、眠るでもなくただただベッドに横になっていたらいつのまにか日が暮れました。
無職とはいえ、我ながらすごい時間の使い方。
お風呂に入るたびに半日消費してたら、時間がいくらあっても足りないですよ。
まるでレジャー施設的な大衆浴場に遊びに入って来たかのような感じですが、歩いて数歩のところにある浴室との往復しかしてません。
体力的な低下もあれど、長らくお風呂に入ってないとこういう罠もあるのかー、って感じ。
でもまあ、気絶とかそういう感じの事故にならなくてよかったです。
ヒートショックってのもあるみたいだし、特に冬場の寒暖差のある状況下での入浴はお年寄りに限らず危険要素があるのね。
ところで、ヒートショックと、それとは別にヒートショックプロテインって言葉も知ってたけど、なんとなく同じようなものかと思っていました。
んが、似たような名前だけど両者は別もので、ヒートショックは危険な症状だけどヒートショックプロテインの方はなんとなく善玉菌みたいなイイモノっぽいです。
そもそも、今日はお風呂に入る前に、寒いから紅茶でも飲もうかな、なんて考えてまして。
でもタンブラーはあれど、こじゃれたティーカップみたいなのは無いから、ソーサーとセットのカップでも買って紅茶を飲んでみたら、ただのティーバッグの紅茶を飲むしてもなんとなくハイソサイエティぶることができるんじゃなかろうか、みたいなことをもにょもにょ考えて、じゃあお風呂に入ってからちょっとお買い物にでも行こうかな、とか考えていたのですよ。
雑貨屋さんとかでもいいし、なんなら100円ショップでも最近は色々いい感じの食器なんかを取り扱ってそうだし、たまにはそういうのを買いに行ってみるのもいいかなー、とか考えてたんですけども、その前動作のお風呂の段階で今日はおしまい。
もちろん、紅茶も飲めてません。
この時間の使い方をゼイタクと言っていいのかよく分かりませんが、こんだけ手間暇かけて嗜む紅茶はさぞかしおいしかろう、と思わなくもないので、これはこれで。
2025年12月18日(木)
プチ振り返り
フミと申します。無職になって1987日。
今年もあと2週間でおしまいでございますよ。年の瀬年の瀬。
例年だと、そろそろクリスマス用のビエネッタさんを買いに行かなきゃ、って気持ちになるころなんですが……
もうアナタはいないのね。とても悲しい。
でも、我が家の冷凍庫には1年間コールドスリープさせたままのビエネッタさんが二人まだいるの。
今年のクリスマスに片方をお迎えしてもいいかな。
正直、1年間も我慢できるとは思わなんだ。
絶対どこかでうっかり食べちゃうタイミングが来ると思ったんですが、なんだかご神体のような感じでずーっと冷凍庫の片隅に鎮座してて、ある時期から触れられざるモノ的な扱いになってるとかなってないとか。
ありがたやありがたや。
12月になるとDiscordとかTwitchとかいろんなプラットフォームで、今年1年間のスタッツみたいなのが表示されて、自分が今年一年どんなコンテンツを楽しんだかがなんとなく分かる情報が出てきました。
ざっくり言うと、一番視聴してたゲームはストリートファイター6でした。
自分じゃ全然プレイしてないというかソフトすら持ってないのに、SFLのようなプロシーンだけでなく、ストリーマーイベントや通常配信含め、スト6を結構見てたようです。
Twitchでよく見てたストリーマーさんはだいたいReject所属のストリーマーさんでした。
自分がプレイしてないゲームでも見てて楽しいって思えるのは、自分では野球をしないけど野球観戦が好きな人と同じような感じなのかも。
一方、Steamで自分が最もプレイしたゲームはギルティギアSTRIVEでした。
っていうか、そもそもSteamであんまりゲームをやらないこともあって、そんななかギルティギアは日々継続的にプレイしているからそりゃまあ当然といえば当然なんですけど、発売から結構経つけどよくもまあ飽きずに遊べるなぁ、と我ながら思ったり。
そんな感じで日々無目的にフリー対戦をしてる程度ではありますが、そのくらいプレイして、ようやくランクマッチでギリギリ闘神ランクにたどり着けるような感じだったことを思うと、プレイ人口の差もあるので一概には比較できないものの、スト6をはじめてプレイしてものの数か月でマスターに到達できるような人を見ると、ゲームが上手いというか、取り組み方が上手なんだなって感心します。
プロのようにそればかりプレイできる環境じゃないだろうし、自由に使える時間も限られている中で研鑽を積んでいけるのはシンプルにすごい。
今後はPS4でゲームを買うことも少なくなるだろうから、何か買うならSteamで買うことになるとは思うのですが、今年はSteam上だとクロノトリガーとサガフロ2リマスターくらいしか買わなかったのかな。
ロマサガ3リメイクとかアンサガリメイクとか待ってます。
とはいえ、Steam上でゲームをしなかっただけで、実際にはプレステ2でスパロボIMPACTをプレイしたり、PSVitaでロマサガ3リマスターをプレイしたり、スーファミで桃鉄DXをプレイしたり、なんだかんだでオールドゲームハードで遊んでました。
そういう意味では今年はいつも以上にゲームをプレイしてた感じがしないくもないです。
PC上のXboxアプリを通じてマインクラフトもプレイしてるし、PCではほかにもフュージョンワールドを遊んでるし。
iPhoneではロマサガRSもやってるし、なんだかんだでゲーム中心の生活と言っても過言ではなさそう。
今日一日を振り返ってみても、朝はフュージョンワールドからのマイクラ、お昼過ぎにはギルティギア、合間合間にロマサガRS、という感じだったので、まあそういうことですね。
来年はもっと計画的に遊べたらいいんですが、でも同じゲームを集中してプレイするよりは、複数のゲームをちょっとずつプレイしていく方が遊びやすい気がしちゃうんだよなぁ。
同じゲームを10時間とか集中してプレイするのは、昔は結構できたけど今はなかなかしんどいのかなぁ。時間ならあるんですがーがー。
そしてこの流れでいつものようにさらりとフュージョンワールドの話が始まります。
デジタル版もさっそく新弾環境です。
[FB08]誇り高き戦闘民族 環境ですよ。
今回はそれと同時に制限改定もあって、赤セル、黄ブウが弱体化ということもあって、昨日、今日と数戦プレイしてみたんですが、黒バーダック、緑ターレス、青カリフラ、黒Jr、黄ブロリー、赤悟飯、といった感じで色んなデッキとマッチすることができました。
新パックを開封している最中は、今回は黄ブロリーを使ってみたいなー、という気持ちでいたのですが、いざ開封が終わってデッキを組んでみたら、出来上がったのは赤悟飯デッキでした。不思議。
今までの赤セルに比べると安定感はちょっと怪しい感じがしますし、相手の盤面の除去能力も足りてないのですが、それを補って余りある速さが魅力ですね。
とりあえずの仮想トップメタとしてこの赤悟飯を想定した上で、この高速展開になんとか間に合わせて耐久出来るような緑ピッコロSHなんかが出来たら楽しそうだなぁ、と思ったり。
赤セル環境も個人的には楽しんでましたが、そうは言ってもやはり新環境というのは楽しいものです。
朝寒いけど、フュージョンワールドが楽しいのでオフトゥンから出られます。
そして最後にすごくどーでもいいけど、今日の気づき。

先日ロマサガ3リマスターをクリアしたけど、モニモニ姫様は困ってる村長を助けようとしただけじゃん!
それをこんな風に間抜け扱いされるなんて! ひどいですわ!
ってモニモニ姫様の代わりに思いましたとさ。
2025年12月16日(火)
味音痴警察だ!
フミと申します。無職になって1985日。
全然食通じゃないけど、今日は食に関するお話です。語っちゃうぞ。
味音痴、馬鹿舌、貧乏舌。
「味の分からない人」を示す言葉がいくつかありまして、それぞれ若干定義が異なるかもですが、十中八九私はこれに属する人だと自覚しています。
もう少し具体的に説明すると、味覚が鈍いと言いますか、食べ物の細かな味の違いを区別できないし、仮に区別できたとしてもその差異を適切に表現できない、という感じです。
ただ、一般に「おいしい」と言われているものを「マズい」と感じるようなことはなく、そういうものを食べたらちゃんと「おいしい」と感じるのですが、一般に「あまりおいしくない」と言われているものを食べても
「そう? フツーにおいしいけどなぁ」
と思ってしまう、そんな感じです。
味覚というものが本当にこういう仕組みになっているのかはともかくとして、おいしさレベルを
レベル1:とてもマズイ
レベル10:とてもおいしい
のような10段階で表現した時に、一般の人がレベル5以上をおいしいと感じるのに対して、私はレベル3でもおいしいと感じてしまう、そんなイメージです。
ただ、こういうのって一人でご飯を食べてるうちはそのことを自覚するタイミングってあんまりなくって、誰かと一緒に同じものを食べて、そしてその食べ物に対する印象が自分と他の大多数とで異なっていた時に初めて
「もしかして自分って味音痴なのかも?」
って思うことになるのです。
私の記憶にある限り一番古い「味音痴自覚事件」は、小学校の給食の時間でした。
30年以上経っても未だに忘れない「オレンジライス事件」です。
30人くらいいるクラスメイトの大半がマズいと評したオレンジライスなる謎のメニューを、フツーにおいしいと思って食べたよ、というだけのイベントなんですが、多くの人がこぞって「マズい」と思う食べ物を一緒に食べる機会なんてそうそうないですからね。貴重な体験をしました。
大不評だったせいか、小学校の6年間でそのオレンジライスというメニューが再登場することはなかったので、一体どういう食べ物だったのか全然覚えてないのがちょっと残念。
名称から察するにおそらくオレンジが使われているご飯なんだろうと思うのですが、すんごーいうろ覚えな感じだと、なんだかバターライスのような印象があったような気がするんですよ。
これは改竄された記憶かもしれないので、そんなオレンジライスはありえん、と言われちゃうかもですが、真相は闇の中。
とまあこんな感じで幼少のみぎりより、かようなる経験をしたこともあってか、基本的に自分は味音痴なんだな、となんとなく思いながら過ごしてきて今に至ります。
学力テストや体力テストのようなものは学生時代に好むと好まざるとに関わらず経験して、自身の相対的なレベルを自覚することができますが、味覚に関してはあまりそういう機会がないし、客観的評価をしにくいジャンルではあると思います。
勿論、料理人や食品に関連するお仕事をしている人の間では大切なスキルの一つになるだろうことは想像できますが、フツーに生活している分にはあまり意識することもないという人も多いのではないでしょうか。
学力や体力と違って自他の能力差がとても分かりづらいこともあって、果たしてこれが生来の能力差によるものなのか、後天的な経験の差によるものなのかは一概には言いにくいですが、個人的な感覚としては味の違いを感じるのも一種の継続的な訓練の賜物なんだろうな、と思ってます。
所謂味覚に関する科学的研究に関する情報を把握しないと正確なことが言えないのですが、例えば、ずーっと単一の味のものを食べ続けた場合に、それ以外の味に対する反応が劣化するような仕組みがあるのかどうか、私は把握してません。
ただ、仮にそういった仕組みが無かったとしても、ずーっと単一の味のものを食べ続けている限りは、それ以外の味に対する反応をする機会が失われている状況なので、いざそういったものに出会った際の表現能力は鍛えられないよなぁ、とは思います。
亜鉛不足により味覚が劣化する、といったような話や、鬱病とかストレスとかそういう状況下ではおいしいと感じにくい、といったような話も耳にしますので、同じ人が同じものを食べても状況によって感じ方が変わったりすることも踏まえると、味覚に対する議論というのは非常に難しそう、とシロウト的には思ってしまいます。
その一方で、例えば友達とこじゃれたカフェに行ってパスタを食べた際に、
「これ、おいしいね」
みたいな評価をいとも簡単に共有する機会があることもまた事実でして。
さてさてここまで話してきて、フミさんが今日何を主張したいのか、ということをまとめたいと思うのですが、そのためには冒頭の10段階おいしさスケールに再登場してもらうことになります。
今日のフミさんの主張。どどん!
その1:おいしさレベルをセンシングする技量は高い方がいいよね?
この食べ物はおいしさレベル8で、こっちは9かな、みたいな能力があるに越したことは無いと思います。
誰かと一緒にご飯を食べる際に味の違いが共感できないとしたら、それはちょっと残念ですからね。
残念ながら私はこの技量が低く、レベル7のものを食べてもレベル9のものを食べてもどれも「おいしー」で済ませちゃいがち。
その2:でも「自分がおいしいと感じるスレッショルド」は低い方がよくない?
この令和の時代になって、一般的に口にする食べ物がとってもマズくて困る、ということはそうそうなくなったと思いますが、それでも残念ながら世の中の食べ物の中にはおいしさレベルが3とか2のものもまだまだあると思います。
レベル3以上のものを食べないとおいしいと感じられない人と、レベル5以上のものを食べないとおいしいと感じられない人とで比較した場合、幸せを感じる機会が多いのはは前者のはず。
その3:味音痴っていうのはその1の技量に関する話だよね?
「味の違いがちゃんと分かること」と「ほかの人がマズいというものをおいしいと感じること」は異なる事象だと思うのですが、誰かを味音痴だな、と判断する際の尺度として、うっかりその2の方を使ってはいないでしょうか。
自分が、あるいは大多数の人が「マズい」と思う食べ物をおいしいと感じる人がいたとしても、それすなわち味音痴、と認定できるかというとちょっと違う気がしてて、それだけだとあくまで満足するスレッショルドが低い人、というだけの話で、その人が味の違いが分かるか分からないかは、まだ分からないのでは、と思います。
食べ物じゃなくて、例えば映画に置き換えて考えてみます。
一般に駄作と言われるような、ちょーつまんない映画を友達と一緒に見に行ったとして、見終わったあとに
「これはつまらなかったねー」
と友達に言ったら
「一般受けはしなさそうだけど、自分は楽しめたなー」
って返事が返ってきたとします。
この場合、この友達とは感覚が合わないな、と感じるかもしれませんが、だからと言ってこの友達は映画を見る目がない、映画鑑賞音痴だと断じるのは難しいんじゃないでしょうか。
そもそも、こういった主観評価をするにあたって、その評価軸は数直線のような万人に共通のものではなく、概ね同じような方向性ではあるものの、人によって軸の傾きに差があっても不思議はないものだと思います。
まあ、こんなことを言ってはいますが、私はその1の意味でもその2の意味でもちゃんと味音痴なんですけどね。
なんで急にこんな話をしようかと思ったのかというと、今日Youtubeのショートを眺めてたら、「トップ○リュの商品ってマズくない?」的なのをうっかり見つけてしまいまして。
ここ数年、近所にトップ○リュというか、イ○ンのプライベートブランド商品を結構頻繁に買ってて、その安さに大変感謝しているのですが、世間様の味の評価が意外に低いのかも?
なんて思った次第。
フミさんはライトミールブロックが好きです。
特にバニラ味が好き。
2025年12月14日(日)
一人でも令和でも
フミと申します。無職になって1983日。
ゲームが好きです。デジタルも好きだし、アナログも好き。
アナログゲーム、と言っても幅が広いですが、一般的な感覚からすると、カードゲームや麻雀、リバーシ、あるいは人生ゲームのようなボードゲームのイメージでしょうか。
状況によっては「非電源系」なんてカテゴライズされたりもしますね。
とはいえ、麻雀も将棋もデジタルというか、ネットを介して対戦できる環境が当たり前のように整っている昨今ですから、オンライン麻雀の雀魂を介して麻雀の対戦をしている場合、それはアナログゲームではなくデジタルゲームなのか、と言われるとムムム、となってしまいます。
なので、プレイしているゲームが電源を用いて遊んでいるかどうかに関わらず、そのゲームがアナログで再現が可能かどうか、みたいな基準で区別するのが妥当な時代なのかも。
これに関連して、対戦型カードゲームという同じジャンルで扱われるタイトルの中にも、アナログベースのTCGとデジタルベースのDCGを分類することはある程度可能ですね。
シャドウバースのように、カードの効果によりデッキ内に新たなカードを生み出したり、あるいは敵陣の不特定の対象に対してランダムにダメージを与えたり、といったような処理をユーザーへの負荷が少なく、ゲーム上の仕様として盛り込みやすいのがデジタルベースの強み。
勿論、多面ダイスを使って確率を表現したり、あるいは多数のトークンカードを事前に用意したりすることで、そういったデジタルベースならではっぽい処理をアナログで再現することも一応不可能ではないんですが、処理の煩雑さの観点でプレイフィールが著しく悪くなりそうです。
まあ、今日の話のメインはカードゲームの話ではなく、どちらかというとボードゲームの方なんですが、そっちに関しても話をしてみますと、一昔前までは日本国内でボードゲームっていうと、人生ゲームのようなスゴロクのイメージが強かったと思います。
ここ10年15年とかの間に、ゲムマだったり、あるいはボードゲームカフェだったり、そういったボードゲーム関連の情報の露出が少しずつではあるものの確実に上昇しているので、おそらくまだまだ西欧圏の市場規模や認知水準には及ばないものの、今後もまだまだ伸びしろがあるんじゃないか、と勝手に思ってます。
ホビーショップに行くと、モノポリーやカタンのような古来より伝わるメジャータイトルだけでなく、同人作品含め結構幅広く取り扱われてる印象がありますし。
ところで、私がボードゲームに初めてハマったのは、確か小学生のころに従兄弟の家でSFC版の「いただきストリート2」をプレイしたのがきっかけです。
ここだけ切り取ると、「なんだよ、アナログゲームじゃなくてデジタルゲームじゃないか」って話になっちゃうんですが、このいたストにとてもとても感動を受けた結果、それに近しいアナログのゲームがあるぞ、ということで出会うことになるのがモノポリーです。
私がモノポリーを知ったのは、でっかい箱としてのボードゲームではなく、当時シュウクリエィションからリリースされていた手帳サイズの「ポケッタブル」シリーズのモノポリーでした。
しかも、本家のモノポリーのようなアメリカの地名のゲームではなく、ヤング・モノポリーとして日本の、しかも首都圏の地名をあしらったものでした。
お高い土地といえば、ボードウォークじゃなくて銀座なの。
で、このモノポリーとの出会いがあったことが下地となったのかどうかは定かではないですが、それから数十年後、オトナになってから改めてボードゲームで遊ぶ機会にも恵まれ、今ではBGAのようなサービスで遊ぶことも多いですし、月に1-2回程度はオフラインで遊ぶ環境もあったりして、多分趣味はボードゲームです、って言っても過言ではない程度に遊べています。
まあ、そんな来歴のフミさんなので、最近リリースされた桃鉄の新作をVTuberさんたちが楽しくワイワイプレイしているのを見てたら、なんだか無性にプレイしたくなるのはある意味必然とも言えよう。
そんなワケで。

やってやったぜ桃鉄DX。
1995年にハドソンから発売されたスーパー桃太郎電鉄デラックスだよ!
VTuberさんたちが令和の最新版を遊んでる動画を流しながら、フミさんはコンピュータ3人相手に一人で30年前のゲームをプレイしたよ!
最初は99年設定でやってやろうかとも思ったけど、さすがにちょっと怖かったので30年設定でプレイを開始しました。
開始時に、11時間くらいかかるよ!
って注意メッセージをもらったけど、まあそのくらいならやってやれないこともない!
と意気込んでプレイをしたところ、だいたい7-8時間くらいで決着しました。
がんばった! 目標の30年、最後までプレイしたよ!
ということで、この令和の世に30年前のゲームの感想を書く意義がどんだけあるかは分かりませんが、こうして突如プレイするに至った桃鉄DXについて語ります。
最新作については自分でプレイしてはおらず、あくまでVTuberさんたちがプレイしているのを見ているだけなのですが、最新作と比べても30年前のDXって随分ちゃんと面白いな、ってのが正直な感想です。
もちろんグラフィックに関しては30年の年月の差を感じますが、このゲームのメインはあくまでボードゲーム部分なワケで、その観点ではプレイに全然支障がないレベルで仕上がってます。
SFC初期のソフトだと容量の都合上使える文字の制限などがあって可読性が低いゲームも少なからずあったのですが、さすがはSFC中後期のソフト。違和感、不都合がありません。
敵となるCPUを最高レベルの「えんま」3人に設定してプレイしたけど、基本的に待ち時間はなくサクサク進みます。
たまに進行系カードで20マスとか30マスの移動が発生すると思考時間が発生するものの、頻度的にも全然気にならない程度です。
とまあ、プレイフィールは上々で、フツーにちゃんと遊べます。フツーに楽しい。
この「フツーに」は誉め言葉。ことばおじさんゴメンね。
ただ、細かなゲームシステム面についての言及をすると、全部が全部手放しでは称賛できないかな、という部分はもちろんあります。
まずはじめに、ボードゲーマーというか、ゲームメカニクスの知見がある方には馴染みのあるフレーズだと思うのですが、このゲームって基本的に拡大再生産が主軸なのです。
都度変わっていく目的地を目指す早い者勝ちのスゴロクの体裁をとっていますが、このゲームの本質的な部分はそうして得たお金を各地の物件に投資して、そうすることで決算タイミングで得られる収益をまた各地の物件に再投資して、ということをひたすら繰り返す、ホントにシンプルなまでの拡大再生産のゲームなんですね。
なので、ひとたびブーストがかかって他者との差が生じると、そうそうその差はひっくり返らず、むしろ時間が経過すればするほどその差が広がっていく、という拡大再生産ゲームの負の側面が如実に残ってます。
そして悲しいかな、このゲームの終了条件は特定金額への到達ではなく、特定年数の経過となっているので、ひとたび差が生じてしまったら、残された者はその差がどんどん開いていくのを戦意を喪失しながら見届けるしかない、という感じになりがち。
アナログゲームの進化の過程で、こういったプレイヤーの戦意喪失を避けるための工夫が幾度となく繰り返され、そしてそれは今でもあれこれ検討がされているのですが、桃鉄に関して言えばこれはもうシリーズの伝統というか、そういうゲームだと割り切るしかないです。
一応、キングボンビーをはじめとする各種の妨害系要素、一発逆転要素は存在するのですが、この時代の桃鉄はそれらの各種妨害要素への対抗手段がほぼほぼきっちり用意されてます。
キングボンビーにはメカボンビー(RX含む)、特定個所の物件全破壊系のドジラ/モモスラに対してはモモトラマン/金太郎、各種妨害カードに対してはブロックカード。
確率で防御に失敗することがあるといえども、お金があればだいたい全部防げる!
逆に、お金が無いとこの手の防御がままならないので、本来的にはトップ目を引きずり下ろすハズだった妨害要素が、どちらかというと下位プレイヤーを一層どん底へ突き落とす要素になりがちです。
最新作に限らず近年のシリーズではブロックカードやメカボンビーがなくなり、こういった防御手段が少なくなったことで上記の問題は緩和されているのだと思いますが、とても英断だと思います。
DX時代は自身の所有する物件駅に再度止まることで、通常購入するより効率よく収益を上げられる「増資」システムがあったので、トッププレイヤーの効率の良い再投資先の確保が比較的容易だったことも、拡大再生産のエンジンぶんまわりに一役二役買っていたと思います。
こう考えると、一見同じように見えるゲームでも、最近のシリーズでは色々改善されてるあとが見られますね。さすが。
で、実際の今回の30年プレイを振り返ってみると、10年目、15年目くらいまではそれなりにしのぎを削っていたのですが、そこから先は長い長いウイニングランをひたすら走るだけの作業になってしまってました。
序盤こそ目的地到着の援助金の比重が大きいのでスゴロクのウェイトが大きいのですが、中終盤は援助金の上昇があっても決算で得られる収益に追いつかないので、マップ上の移動目的が「目的地駅を目指す」から「目的地駅に近づきながら再投資先を物色する」に変わっていくワケです。
誰かが目的地駅に到着した時点で一番遠いプレイヤーに貧乏神が付いちゃうので、それを避けるために目的地駅に近づきながら行う、というスタンスでよくなっちゃって、なんなら目的地駅に入れる状況であっても、敢えてスルーする状況が生まれたりもします。
こうなるともう、みんなが同じ方向を向いて競うスゴロクゲームだよ、という基本構造すら怪しくなってきます。
今回は周りがコンピュータの担当でしたが、さすがにこれを対人でプレイするのはなかなかになかなかよ?
いやまあ、昔はそれでもやってたワケですが。
一時的にでも資金がショートすると物件を低価格で売却しなきゃならないので、1位の人は基本的にその状況を避けるように立ち回るのがベターになります。
桃鉄はボードゲームながらデジタル要素てんこ盛りで、そりゃもうこれでもかーってくらいのランダム要素があるのですが、上述の各種妨害手段にはそれぞれの適切な対抗手段を講じて、その上で自身からはリスクのある選択肢を極力選ばないことで、一層盤石な状況にしていくのです。
が、それはそれで絵面が地味になりがち。
万博に出資をしますか? →しません。
掘り出し物の絵画を買いませんか? →買いません。
選挙に出ませんか? →出ません。
そうなのよ。お金のある人はわざわざギャンブルなんてしなくていいの。
今ある金のなる木を大事に育てることに注力すればいいの。
いやー、堅実ですねぇ。
負けると悔しいからね、仕方ないね。
楽しさ、面白さの追求と勝利の追求が同じ道の上にあるゲームはいいデザインのゲームだと思っていますが、この辺のバランスはなかなか難しいですね。
とまあ、あれこれ書いてみましたが、30年前のゲームをプレイして、
総論:面白い
各論:要改善ポイントあり
なだけで、つまるところ、ちゃんとゲームとして面白いのです。
でもまあ、一つ大事なことをがあるとすれば、これは一人遊びも好きな私はそう思う、というものでありまして、そもそも
「パーティゲームを一人でプレイしてる時点でもう色々さみしくてどうにかなりそう」
って思う人がいても全然不思議じゃないんですよね。
ちょっと話が横道に逸れますが、これは桃鉄じゃなくって、でも似たようなボードゲーム風デジタルゲームのビッグタイトルとして有名なドカポンシリーズの話で、これのプレステ2用ソフトの「ドカポン・ザ・ワールド」ってのがあったんですよ。
これは2004年の作品なのでこれまた今から20年ほど前の作品ですが、これも以前プレイしたんですよ。
その時もまあ、一人で。
そしたらさ、最初のプレイヤー設定の時点でナビ役の子から「一人で遊ぶんですか? さみしいですね……」的な謎の煽りをゲーム開始早々に受けるという、すんごいゲーム体験をしました。
衝撃過ぎて今でも覚えてて、あれこれ記憶が蘇ってきました。
いや、それでもちゃんと最後まで遊んだけどね。機械の体がちょーつよかった!
ゲームバランスはちょっとどうかと思うけども!
でもBGMは結構よかったよ!
キャラデザもね!
いやまあ、脱線から戻りますと、そういうわけなので、友達って大事だよねって話ですかね。
しみじみ。
2025年12月12日(金)
ムダリソース
フミと申します。無職になって1981日。
侮るなかれ、侮るなかれ。
相手の顔が見える見えないに関わらず、簡単に相手のことを侮るなかれ。
パッと見、愚かしい行為をしているように見えても、それはあくまで一側面。
その実態としてはしっかりと意志を持った一個体である、ということを思えば、そう簡単に侮っていい対象ではないと思えるのではなかろうか。
と、こんなマインドを持って他人と接していけば、オンラインオフライン問わず、不要な争いやいさかいは減るんじゃないかな、なんて思ってみたり。
常に相手に敬意をもって接するとまではいかなくても、侮蔑や嘲笑の対象としてみなさないだけでも、少しは世界がよくなったりしないかな、なんて思ったんですが、そもそもなんで他人を侮蔑したり嘲笑したりしたくなるのだろう、というのも気になるところ。
そんなことをしても直接的な利益が降ってきたりはしなさそうなんだけど、そうすることで精神の安定が図れるものなのか。
あるいは、そういった利害云々よりも先立つ感情的な衝動によるものなのか。
面白いものを見て笑い、おいしいものを食べて喜ぶのと同じレベルで、愚かなものを見て嘲る、ということなんだろうか。
であれば、その感情を抱くのを抑制するのはなかなか難しいけど、その感情を抱くのはやむなしとした上で、その感情を原動力とした次なるアクションに移行する部分でブレーキはかけられないものか。
反射的に「ふっ」と嘲笑が口に出てしまう程度は仕方ないにしても、
「なんでそんな馬鹿なの?」
といったようなセリフを口にするのは、なんとかとどまれないだろうか。
とまあ、こんな感じのことを、今日のお昼寝の時にオフトゥンにくるまりながらもやもやと考えていました。
なんかね、こういう寝る前のまどろみタイミングでお仕事のことを考えて悶々としたり、夢もキボーも無い明日のことを考えて鬱々としたり、そういう人も世の中にはいるのかもですが、私はあんまりそういう感じの考え事は少なくって、こんな感じの比較的どーでもいいことをもやもや考えながら、結論が出ずにそれでもぐっすりお昼寝してスッキリ目覚める生活を送ってます。
しかしながら、今回はなんでこんなことを考えるに至ったのか、ちょっとここ最近の出来事を振り返ってみたのですが、多分、間接的ながら原因と思われる事象を思い出しました。
先日、うちのピンポンを鳴らしに来た、
「この地域の担当になり、ご挨拶に伺いました。玄関先までお願いします」
の人のせいだと思うのです。
この手の人たちは不動産だったり太陽光パネルだったり、その他もろもろの商材の営業をしているであろう、訪問営業の類だと思われ鵜のですが、初手では決して営業だと名乗らないので、適切な呼称が分かりません。
でも誰も彼も決まって同じように上記の文句を使う、という共通点があるので、以降この手の人たちを総称して「挨拶が好きな地域担当」、略して「あいさつちいたん」とします。
こうやって書くとなんかかわいらしいゆるキャラのようにも見えてくるので、私が抱いているマイナスイメージが多少は払拭できるかもしれない、という目論見もあります。
で、このあいさつちいたんの仕事に対するモチベーションがなんなのか、自身の行いに正義を感じているのか、といった部分が皆目見当がつかないことから、ついつい邪険にしてしまいがちだけど、相手のことを理解しようと思ってはいるんだけどなー、みたいな話を先日書きました。
が、待てよ、と。
冒頭に書いたような、相手を侮るなかれ、というスタンスが大事だ、と思う一方で、私はこのあいさつちいたんに対して、そもそも心のどこかで相手を見下してはいないだろうか。
あいさつちいたんに敬意を払わないまでも、侮蔑や嘲笑の対象にしていないのであれば、このような感情を抱くものだろうか。
そんな思いもぐるぐる絡み合って、優雅なお昼寝前のまどろみタイミングでの思考に行きついたのかもしれません。
相手の正体というか、相手が漠然としていて具体的にイメージが湧きにくいアンノウン的な存在であると、無意識のうちに侮蔑、嘲笑の対象になりやすかったりするのだろうか、とか。
「人を人とも思わない」って言葉がありますが、相手が自分の理解の及ばない存在であることで、そういう感情が想起しやすくなっちゃうのかもしれません。
であれば、あいさつちいたんの特性や素性の理解が深まれば、そういった負の感情を抱かずに済むのかもしれない、と思う一方、どこまでいっても所詮私とあいさつちいたんの関係は客と営業。
仮に会話をする機会が得られとしても、そのビジネス上の会話を通じて相手の本質に迫ることなんて、到底適わないのです。
であれば、お互いの時間を不必要に消費してまであいさつちいたんのことを理解しよう、なんて思うことがそもそも無益で、なんなら烏滸がましい行為なのではなかろうか。
なんて感じで、まるでホストクラブと痛客の関係みたいなことをアレコレ考えた挙句、結局のところ今後やってくるかもしれないあいさつちいたんに対しては、今まで通り丁寧な挨拶を返すだけの関係でいた方がお互いのためなのかもなぁ、という結論に至りました。とても不毛。
これも前に少し書いたかもですが、5年ほど前、それこそ無職になりたての頃に、ひょんなことから知り合った人に誘われて遊びに行ったら、喫茶店で宗教の勧誘を受けた、というイベントに遭遇したことがありました。
その時の相手タッグは青年とおじさんのツーマンセルだったのですが、おじさんの方はともかく、青年の方は日本語自体は理解してそうだけど、なかなかどうして話が通じないぞ、と思うような反応をしていました。
それまでも何度か「話が通じない系人間」に遭遇したことはありましたが、結局のところ「話せば分かるとか」みたいなのは幻想で、どんなに話したところで話が通じない人間は一定数いるもんだなー、ということを改めて痛感したのですが、そういう人とは極力関わらない方がお互いのためだな、と思ったものです。
そういう意味では、あいさつちいたんも同じ部類なのかもしれない。
宗教勧誘の方はどちらかというと本人の確信に基づいて行動をしてそうなのに対して、あいさつちいたんはあくまでもお仕事でやってるので、もしかしたら言動と本人の心根とはズレがあるかも、という部分にわずかばかりの希望があるかもなのですが、そうはいっても上述の通り、所詮営業と客の間柄ではその心根をさらけ出してはくれないだろう、と思うと、結局宗教勧誘もあいさつちいたんも同じ部類として扱うしかなくなっちゃいそうです。
あるいは、中学、高校の頃の友達が今はあいさつちいたんになっていて、同窓会などであいさつちいたん界隈の赤裸々な話を聞く、みたいな機会があったりすれば、もしかするとこの謎の解明の第一歩になるかもしれないのですが、そうそうそんな偶然もないし、そもそも同窓会行かないしなぁ。
もっとそもそも。
あいさつちいたんが話が通じる相手かどうかに関わらず、家族、親戚、友人、知人、同僚、近所の人、いろんな人間関係の種類がありますが、どこまでいっても結局他人は他人でしかなくって、その他人がどういう心理、どういう信条に基づいて行動しているかを把握しようとするのが、そもそも烏滸がましいのかも。
話せば分かる人もいれば、話しても分からない人もいる、とは言うものの、これも厳密にいえば、
「この人は話せば分かる人だ」と私が勝手に信じる対象となっている人がいる
というだけなのかも。
この人はきっとこういう反応をしてくれそう、という期待を勝手にして、そしてそれがだいたい当たっている間は、相手のことが分かっているつもりになって話の通じる相手だと思えるけど、ふとした時に返って来た反応が自分の予想と違うと、途端に裏切られたような気持ちになる、みたいな。
この予想的中率の高さによって、話の通じるレベルのクラスタリングのようなものを無意識にうちにやってて、それが家族とか近しい人だと高確率、先の宗教勧誘青年やあいさつちいたんのような人だと低確率で、この低確率なクラスタに対しては侮蔑、嘲笑の感情を発露しがち、ということなのかな。
で、低確率なクラスタに対してはコミュニケーションコストがかさむので、頻繁に遭遇する人でないのであればわざわざそんな労力を割かなくてもねぇ、という敬遠戦略がリーズナブル、という残念な結論になってそう。
みんなが分かりあえる世界、みたいなのはなんとなく聞こえはいいですが、でもこういうのを標榜する人や組織というのは、往々にして主人公たちによって打倒されてるような気もするし。
マンガ、アニメ、ゲームなどでね。
すっごくふわふわした話ですが、こういうふわふわした感じのことを考えながらうつらうつら眠りにつくのは、それはそれで心地が良い不思議。
この時期のオフトゥンは気持ちいいいからね。しょーがないね。
2025年12月11日(木)
自明でないこと
フミと申します。無職になって1980日。
今日はちゃんと書けるといいね。
まずは昔話というか、フミさんの小学生時代の話から。
小学校の国語の授業の一環で、誰しもが通ったであろう「作文」ってありますよね。
400字詰め原稿用紙に書くアレ。
何年生のころの話かは忘れちゃいましたが、その作文のお題として、自分の興味のあるものを紹介するような作文を書いてみよう、みたいなのがありました。
もし今のフミさんが改めて同じテーマで作文を書くなら、ゲームとか漫画とかアニメとかそういうサブカルチャー的なものだったり、あるいは物理とか数学などの自然科学系のものだったりをチョイスしそうですが、当時はまだ「これが趣味です」みたいな意識もあまりなくって、何を書けばいいかなー、と考えあぐねた結果、学研まんがひみつシリーズの「切手のひみつ」という本を直近で図書室で借りて読んだことを思い出して、とりあえず切手について書いてみるかー、ってことにしました。
で、その作文の冒頭になんでそれをテーマとして選んだかの理由を書こうね、みたいな指導がありました。
まあ、とてもリーズナブルというか、妥当な書き出しですよね。
ただ、当時のフミさん、素直なのかひねくれてたのかはさておき、今回切手について作文を書いた理由として
「授業で先生が書けって言ったから」
という身もフタもない書き出しで作文を拵えてました。
すると添削時に先生から、そうじゃなくって、なんで切手を選んだのかを書こうね、的な指摘を受けたんですが、当時の理解力ではその指摘の意図を完全に理解することができておらず、なんで自分が書いた理由じゃダメだったのかなー、なんて漠然と思いながらしぶしぶ書き直しをしてました。
多分当時の心理というか性質として、自分が本当に心の底から書きたいネタだったら、それが好きな理由やらなにやらを作文のテーマに選んだ動機としてちゃんと書けたんだと思いますが、そもそも切手を選んだのがかなり消極的というか、無理矢理チョイスしたため、別にそこに思い入れもないので自分でも切手というテーマを選んだ明確な理由が無い、という状況だったんだと思います。
一応理由付けをするなら、図書室で切手の本を読んだから、ということになるんでしょうけど、ただそれでもチョイスの理由としてはやや不十分で、図書室にはほかにもたくさん本があるのに、なんで切手の本を選んだのか、という部分の説明があるとよいのですが、でも図書室で本を選ぶ際のノリって結構テキトーよね、と今でも思ってます。
ただ、フミさんも成長するにつれて、この手の「チョイスにおける妥当な理由付け」というものを理解したので、就職活動時の書類や面接における志望動機、志望理由みたいなのは、ちゃんとそれっぽく書けるようになりました。
間違っても「お金を稼ぎたいから」とか「家から近いから」といった理由を書いたり言ったりしない程度には学習しました。えらい。
ここまでは一応前置きというか、前座的なお話。
さて、ここから上手く話をつなげることができるのか、それはまだ分かりませんが、とりあえず進めてみましょう。
さっきの昔の話は一旦おいといて、今度は架空の話。
私はおもちゃ屋さんで働いたこともなければ、おもちゃ会社に勤めたこともないので、実際のおもちゃメーカーがどんな段取りで商品を作ってるのかは分かりませんが、とりあえずの例としてこんな話をしてみます。
あるおもちゃを試作してみて社内レビューをしてみたところ、結果は散々で、色が悪い、形が悪い、大きさも悪い、その他もろもろ要修正点がたくさんあったとします。
全ての要修正点を改善できればいいんですが、お仕事というのは大抵予算だったり納期だったりの制約があって、あれもこれも全部がんばります、とは出来なかったりします。
そんなにダメダメな企画は一旦没にして、一から作り直そう、みたいな場合もあるでしょうけど、やれる範囲でなんとかリカバリーする作戦も大いにあると思ってまして、そうなるとじゃあ数ある要修正点の中からどれを直そうか、という選択が必要になってくるハズです。
改善ポイントの取捨選択の基準は様々で、修正にかかる期間や難易度といった修正コストに関する検討もあるでしょうし、直した時の評価の上がり方というか、その修正によってどのくらいいい影響が出るのか、といった期待される改善効果の検討もあると思います。
費用対効果、あるいはコストパフォーマンス、といった言葉がありますが、それを考えて取捨選択することになるのかな、と。
多分、行き当たりばったりで作業を始めたりはせず、精度や粒度はともかく、何かしらの見積もりに基づいて作業を進めていくことになるんじゃなかろうか、と思います。
突如はじまった架空の話も一旦これでおしまい。
まだちょっと着地点が見つからずふわふわしてます。
でもこのまま進めちゃう。
次はなんだかちょっとドキドキするようなワードですが、内閣府男女共同参画局の公開してる資料を見てちょっと気になったお話。
男女の差別をなくしてよりよい社会にしていこう、という方針自体はなるほどなるほどって感じがするのですが、その資料の中に、国会議員や地方議会議員の男女比の話や、国家公務員の男女比の話や、民間企業の管理職相当の男女比の話などがデータとして盛り込まれてました。
ざっくり世の中の男女比が半々だとして、その半々という比率と比べてみたとき、上述の男女比はどれも男性が多くて偏ってるね、というのは納得というか事実なんですが、ここでふと気になったのは、それが半々になるのが果たして妥当な状態だというのは自明なんだろうか、みたいなお話。
資料中に直接的に半々になるのが望ましいね、と書かれているわけではないんですが、趣旨としては女性比率が少ないことを課題としていることが読み取れます。
こんな書き方をすると、この令和の世に女性差別とはけしからん、みたいなお叱りを受けるかもですが、気になってるポイントのメインはこの男女比云々という部分の一段階前でして、こういう時の切り口として、男女という性別による切り口で議論をするのって納得感があるものなの?
みたいなお話。
うーん、ちょっと表現が難しいな。
LGBT的な文脈で見かけるような「性別は男女という2種類だけじゃなくグラデーションで云々」といった話がしたいわけじゃなくって、どちらかというと、ある集団における不均衡な属性の切り口というのは、何も性別だけじゃないよね、ってお話です。
性別の切り口で見た時に比率の不均衡があるのは確かなんだけど、他の不均衡な属性についてはピックアップしないで性別についてはフォーカスされがちなのはなんでだろう、みたいな。
次に述べるのはちょっといちゃもんみたいな言い方になっちゃうのは自覚してるんですが、分かりやすいので国会議員や地方議会議員の属性を例に考えてみます。
国会議員や地方議会議員は国民や地域住民の代表として政治活動をしているので、国民や地域住民の属性がその議員比率に反映されているのが望ましい、というのがある意味素直な考え方ですよね。
だからこそ、国民や地域住民の男女比が半々なのに議員比率がそうなっていないことが槍玉に挙げられてるわけで。
すんごいうろ覚えですが、なんか以前読んだ本に書かれていたこととして、アジアのどこかだったと思うのですが、その国内において複数の宗教が信仰されてる国の選挙のシステムでは、各政党で候補者を立てる際に特定の宗教、宗派に偏らないようにバランスを取っている、みたいなのがあるようです。
日本だとあまりそういう話は聞いたことがありませんが、とにもかくにも、代表者集団にはその母集団の属性というか性質ができるだけ反映されるのが望ましい、というのはそこそこリーズナブルな考え方のようです。
でもそうすると、ですよ。
母集団の中で貧富の差というか、どちらかというと貧困に近い層が一定数存在するわけですが、代表者集団にはその属性は果たして反映されているのだろうか、みたいなツッコミポイントが生まれると思うのです。
あるいは、母集団には政治に無関心な層が一定数存在するわけですが、代表者集団に政治に無関心な人っておそらく一人もいないですよね。あれれ?
こういう書き方をすると、ただの屁理屈を書いてるようにも見えるかもなのですが、こう考えると代表者集団に反映すべき属性とそうでない属性、という区別があるような気がしてきますよね。
となると、母集団の持つ多様な属性のうち、どれを代表者集団に反映すべき属性としてピックアップするのか、という部分は自明ではないと思うのです。
国会議員や地方議会議員の代表者集団に反映すべき属性として、「男女の性別」という属性についてはピックアップすべきだけど、「政治に関心があるかどうか」という属性についてはピックアップしなくていい。
これは自明なの?
これが上述の
「他の不均衡な属性についてはピックアップしないで性別についてはフォーカスされがちなのはなんでだろう」
という疑問の意味するところです。
まあそうは言うものの、政治に関心がある云々というのは自己言及的というか必然的な自己矛盾というか、要するにちょっとズルい例なので、具体例として適切かどうかはちょっとビミョーなところがあります。
じゃあ別のもっと適切な例がないかな、と考えてみると、思いつくのは誕生月という属性はどうですかね。
主にスポーツの分野で、というイメージがあるかもですが、実際にはスポーツの分野に限らず、ざっくり競争力という観点で捉えていいと思うのですが、日本のような4月スタートのカリキュラムの国においては4月生まれが、アメリカのような9月スタートの国においては9月生まれが、相対的に有利である、というアレです。
日本においては3月生まれと4月生まれとで、実質的に1年ほどの成長差を含んだ状態で同一のカリキュラムを受ける仕組み上、もともと相対的に有利な状態で教育等を経験できる立場の者が、結果的に得られる経験値が多くて相対的に有利に成長する、みたいな捉え方をしています。
「生まれ月の格差」といった言葉でも表現されているようですが、個人レベルだとあまりそういう実感はないものの、統計的なデータとして裏付けがなされていることも踏まえて、理屈としては一定の納得感があります。
さて、母集団となる人たちの誕生月が果たして1月から12月まで均等に分布しているのかどうかはちゃんと統計を調べないと分からないところですが、仮にその母集団の誕生月の分布と、代表者集団の誕生月の分布が乖離していたとして、それは是正すべき属性としてピックアップすべきなんでしょうか。
あるいはこれもピックアップしなくていい、無視しちゃっていい属性なんでしょうか。
これって自明ではなくない?
個人的な感覚としては、この誕生月こそ是正対象としてピックアップされて然るべきなんじゃないの、と思ったりするのです。
というのは、もしこれが天候とか季節の影響とかそういった天然自然というか生物の宿命的な要素に起因する差異だったらある程度しゃーなしかな、とも思うのですが、日本では4月生まれが有利で、アメリカでは9月生まれが有利、というのであれば、それはもうシンプルに社会システムによる影響だって分かってるワケですよ。
本来的には平等だったハズの個体に対して、社会システムが「3月と4月の間で区切るからねー」というルールを押し付けたことにより、2月3月生まれの個体がディスアドバンテージを背負う状況が生まれてる、というのであれば、それって結構悪質じゃない? って感じるのです。
男女の差っていうのは、物理的にというか生理的にというか、体格や体調等含めて生まれながらにある程度の先天的な差異を生じる属性で、そういった差はあるけども、そこを上手く踏まえて平等にね、というスタンスで考えていくべきムズカシイ議題だと思うのです。
それに対して、この誕生月に関してはというと、先天的な差異が無いハズなのに、社会システムによって結果的に差異を生み出してしまっている、という構造が比較的分かりやすいと思うのですよ。
ここでようやく前座の作文の話や途中のおもちゃの話とつなげる形になります。
男女共同参画のような主張において、議員さんだったり、企業の管理職だったり、そういった特定集団に母集団の属性を反映させるべき、というスタンスであるなら、反映されてない属性がたくさんある中で、なぜ「男女の性別」という属性をピックアップしているんだろう、というのは決して自明でないので、冒頭に説明があってもいいんじゃないかな、と思ったのでした。
で、複数ある未反映の属性のうち、この「男女の性別」という属性の反映することで、他の未反映の属性の是正をした時よりも、こういうメリットがあるよ、みたいなコストパフォーマンスの比較検討があってしかるべきなんじゃないかなー、と思うのですが、悲しいかな、そういうのはあんまり見つからないのでした。
「いーや、そんな話じゃなくって、男女差別の根絶は絶対なのです!」
って定義済、議論の余地なしみたいに言われちゃうとちょっと困っちゃうのですが、今回言いたかったのは、男女差別の根絶は是としても、でも他にも根絶するべきものがありそうだけど、なんでそれをピックアップしてるの? 自明じゃないよね?
って話でした。
だいたいなー。
ものごとを考える際に「自明である」って断じれることってそんなに多くなくって、でも一般的なコミュニケーションにおいて逐一前提や定義を確認してたら表現の経済性が悪いから、ある程度は双方の常識とか風習に基づいて、本来はした方がいい確認をオミットしちゃってるだけだと思うのですよ。
「いちからか?
いちから
せつめいしないと
だめか?」
よつばと!の好きな一コマですが、はい、一から説明をお願いします、って気持ちになります。
だって自明だと思ってないんだもん。
はい。
というわけで、今日はいつになく小難しい話を書いてみました。
あ、そうそう。

ロマサガ3、クリアしましたー。
最後のサラちゃんはなんでモニモニ姫を呼び捨てなんだろうね。

地球平面説、否定されるの図。
最果ての島の描写を見るに、ロマサガ3の世界は平面でも納得してたのに……

モニモニ姫、お疲れ様ー。
お兄様はカタリナと早く一緒になってね、と思います。
というか、インサガECではミカエルとカタリナが一緒になってるのを見れて幸せでした。ありがとう。

グゥエインと共闘したビューネイ戦で集気法を使ったおかげで、体術レベルが1だけ増えてます。

当初、アビス突入直後にイキオイに任せて最強状態の破壊するものに挑んだら、あっさり返り討ちにされちゃいました。
このくらいのステータスなら勝てるっしょー、と思ったけど、フェイタルミラーでやられました。残念。
なので、水心の爪や魚鱗を装備してフォルネウスだけ倒して、改めて破壊するものに挑み、その際うっかり装備変更をし忘れて水心の爪などををつけっぱなしで戦うことになっちゃいましたが、それでもまあさすがにここまで育ってたらそうそう負けないなぁ、という感じでめでたくクリアとなりました。
フィニッシュは図らずもぞうさんのラウンドスライサーでした。
ぞうさんに槍と盾、というのが今回の冒険のメインテーマだったので、それを体現してくれました。
みんな、お疲れもに。
2025年12月10日(水)
いいこじでとなめ
フミと申します。無職になって1979日。
今日の雑記のタイトルは謎の文字列。誤記じゃないよ。
今日は久しぶりに角煮を作りました。
一緒に煮るためのたまごを茹でる際に、先日の復習の意味も込めて、また錐を使って殻に小さな穴をあけてゆでたまごを作りました。
前回から多少慣れたせいか、今日は結構いい感じの力加減で作業することができました。
「たまごのあなあけ」スキルの経験値がたまって来てる感じ。
で、その効果のほどはどうだったかというと、結論から言うと、またも測定に失敗しました。
またかよ!? って感じですが、角煮を作るときは最初にお肉を軽く焼いたあとに下茹でをして、その後改めて調味料を入れて煮るんですが、一度茹でたゆでたまごをお肉と一緒に鍋に入れるタイミングはこの下茹での後でして。
で、今回ゆで卵はお肉を焼く前に早々に茹でてしまっておりまして、お肉の下茹でをしてるあいだに十二分に冷ますことができてしまったことにより、とても簡単に殻を剥くことができてしまったのですよ。
これが穴をあけたことによる恩恵がどうかさっぱり分からないくらい、そりゃもう、つるりんと。
だもんで、この穴あけ作業の価値をちゃんと実感するには、二つのゆでたまごを作る際に、片方は穴あけアリ、もう片方は無しにして、茹で上がったあと冷水でザーッと冷やした直後に、それぞれ剥いてみて、剥きやすさに差があるかどうか確認する、みたいなことするしかないな、と思いました。
実験計画法の基礎を押さえないといけませんですよ。

今日のご飯。
比較的お安い肉だからか、バラ肉とはいえ脂身が多すぎて食べててちょっとうぐぐ、って感じちゃいました。
以前角煮を作った時はこの脂身に身体が拒絶反応を起こして、残りを口にすることができなくなってしまった結果、改めてカレーを作ってそこに煮込んで消費した、という経緯がありましたが、あれからしばらく経って身体の状態ももう戻ってるかと思い今回作って食べてみたところ、お昼に食べる際はなんとか食べきれたものの、それから数時間経った今もなんだか口の中というか喉の奥というか、あるいは食道なのか胃なのか分かりませんが、脂身の胃もたれ感が拭えず、食欲が消失してます。
なんなら胃薬的なものを飲みたい気持ち。
……今回もカレー作戦をしないとダメかも?
昔ならおいしく食べられていたものが、加齢とともに楽しめなくなってしまうのを実感するのは、ちょっとだけ切ない。
話は変わって、フュージョンワールド。
今週末にはブースターパック第8弾「誇り高き戦闘民族」のオフライン版がリリースされます。
おそらくデジタル版は来週半ばの実装だと思われますが、新弾追加もさることながら、制限改定による環境変化が特に大きいタイミングになりそうです。
長らく覇権を取っていた赤セルや黄ブウが弱体化されることで、また新弾の実装によりどんな環境になるのか楽しみです。
そんな中、思い出したようにMANGAリミテッドバトルのイベントに着手しました。
来週まで期限があるのをいいことに、先週はまるっと放置してしまっておりましたが、昨日5戦、今日10戦プレイして、現状15戦こなしました。ノルマまでもうあと半分。

今回も危なげなく7勝達成です。感謝感謝。
でも前回のイベント時にも書いた通り、このイベントは勝敗はともかく対戦をこなしたい勢がワラワラと湧いてくるので、シビアに勝ちを争うイベントに比べると勝ちやすいのです。
今のところ15戦15勝ですが、これはまあ、そういうことなんですね。

それでもパーフェクトは嬉しいよ。
あと1週間くらいの付き合いになるかもしれないけど、もう少しだけよろしくね、セルくん。
さて。最後に今日の雑記のタイトルの伏線を回収しておかないと。
ここで数学の問題ですが、このひらがな8文字を並び替えてできる文字列は、全部で何通りあるでしょうか。
これは高校数学の基本的な問題なので、大して難しくもなく、
8! / 2! = 20160 通り
という感じで、暗算だとちょっと大変ですが、このくらいなら手計算でも求められますね。
では、その約2万通りの中から、意味の通じる文字列はどのくらいあるでしょうか?
ってなると途端に数が減り、それと同時に数学の問題ではなくなります。
たかだか7種8字からなる限られた組み合わせなんですが、ぱっと見いろんな単語が見え隠れしますよね。
3文字の言葉だけピックアップしても、
・いいこ
・いじめ
・めいじ
・いとめ
・こいじ
といったものが見つかります。
略称、固有名詞、スラング的なものも考えると、
・となめ
・でじこ
・めなと
・いでこ
みたいなのも見つかります。
3文字に限定してパッと見つかっただけでこんだけあるので、じゃあ並び替えて意味の通じる例はどんなのがあるか、と考えてみると、例えば、
「なめじいといでこ」(なめ爺とiDeCo)
「いいとなめでじこ」(いいトナメで事故)
「めいじこないでと」(明治来ないでと)
みたいな感じで、まあちょっと無理はあるけどなんとか意味が分かりそう、というものを含めると、他にもいくつも作れそうな感じです。
じゃあ、ここで最後の問題ですが、今日私がタイトルに設定しようとした文字列はなんでしょうか。
正解は……
「じめいでないこと」(自明でないこと)
でした。
なんとなく平仮名で書いてみたらアナグラムが色々ありそうじゃない?
って思ったので色々書いてみましたが、そう、今日はなんとなく日々思っていた、自明でないことを書いてみようかな、と考えていたのでした。
でもね、なんかここまで書いて今日はもう結構満足しちゃったので、何が自明でないのかは宙ぶらりんのまま船は進みます。
投げっぱなしがすーごい。
2025年12月9日(火)
非線形カニ関数
フミと申します。無職になって1978日。
今日はカニを売ってるのを見てきました。一番高いヤツで12000円でした。ふへー。
最近、自治体のごみ出しのルールについてちょっと気になることがあったので、今朝はその確認のために役所の環境課みたいな部署へ電話で問い合わせをしました。
電話問い合わせで疑問は氷解したのですが、その際対応してくれた担当者さんが、多分電話の声から察するに比較的若いであろう男性の方だったのですが、全体的にすんごく穏やかで丁寧でした。
「なんでそんな丁寧なんですか?」
って尋ねることはもちろんしなかったですが、競合他社があるわけでもない行政サービスであれば、懇切丁寧にしてくれるのは住民としてはありがたいんだけども、どういうモチベーションでそうなってるんだろう、という、こないだの来訪ナゾ勧誘マンに対する疑問は反対のベクトルの同じような疑問が湧いてしまいました。
育ちがいい、とか職員教育の賜物、とかそういうことなのかもですが、なにもそこまでせんでも、と思わなくもないけど、でもまあこのご時世、やいのやいの言われるくらいならそういう感じで徹底したほうが無難なのかも。
今回体験した1回の経験だけで総体を論じることはできないし、電話対応と実際の仕事ぶりの良し悪しは分からないんですが、こういう人がいるのに「お役所仕事」みたいなフレーズでひとくくりにされちゃうのは、それはそれでなんかちょっとかわいそうというか、やるせなさみたいなのを思ったりしました。
一住民のフミさんは地元の役所の職員さんを応援してます。
ただ、電話に限らず役所の応対で未だに若干しっくりこないこととして、こっちのことを「お客様」って呼称するのがあります。なんだかもにょもにょしちゃいます。
確かにそっちが提供している行政サービスの享受者ではあるんだけど、それをもって住民は行政サービスの「顧客」なのかと言われると、果たしてホントかなー、と思っちゃいます。
利用者ではあるんだけど、客ではないんじゃないかと思うんですが、でもネットをちらりと眺めてみると、なんか一般的にはそんなに違和感がないようなので、もしかすると日本語の理解力の問題なのかも。
でも客、客かぁ。
一般に、まだサービスを享受していないけど、潜在的な顧客だからという意味で相手のことをお客様って呼称する文化風習があるのは分かるけど、行政サービスを受ける地域住民ってそもそも顧客に該当するのかな。不思議。
自分の中で小売りのイメージが強すぎるだけかなぁ。
じゃあなんて呼べばいいんだ、みたいな話になるかもですが、物理的に来てる人だったら来庁者とか、今回みたいに電話対応だったら利用者とか、そういう感じでいいのになぁ、と思ったり。
でもそう呼んだら呼んだでいちゃもんを付けられて、じゃあそう言うことなら、と今みたいにお客呼びしたら今度は私みたいな人からいちゃもんを付けられて、ガー不連携を食らっちゃう職員さんがかわいそう。
ごめんて。
話は変わって。
今日は火曜日でして、図書館からの帰り道というか寄り道でいつものディスカウントストアに行ってきました。
で、昨日あれこれ言ってたカニを実際に見てきました。
やっぱり赤って色がなんかおめでたい感じがしますね。お正月っぽさというか。
安いものでも3000円とかで、高いのは12000円でした。
そこのお店で取り扱ってる食料品の単品の価格としては、一番高い商品なんじゃないでしょうかね。
さすカニ。
買い物をしながら、何度かそのカニ売り場の周辺をうろつきつつそれとなく観察してましたが、観測している範囲では誰一人買い物カゴに入れてませんでした。
3%、世帯の3%はいるであろう1億円さんは通りがかってませんか?
いや、そもそもそういう層はこういうお店に来ないから出会わないとか?
んなこたーないよね。
きっと今日も私が見てないところで12000円のカニが売れてるにちがいない。
そんなフミさんの今日のご飯は500円くらいで買ったでっかいハンバーグを焼いて食パンにはさんで食べました。豪華。
月に2回くらいこのディスカウントストアに行くわけですが、100g88円くらいの生のハンバーグがたまに売ってるので、見つけたらだいたい買って帰ります。
ハンバーグくらいならそんな手間じゃないし自分でこねて作ってもいいんですが、成形されたハンバーグがこの値段で売られてると、その隣で大して変わらない値段で売られているひき肉をわざわざ買って自分で改めてハンバーグを作るのがちょっと億劫になっちゃうのです。
500円でこの満足感。
12000円あればこの満足感が20回以上楽しめるのかー、と思うと、カニさんの立場がちょっと危ういところ。
食料品というか食事に限った話じゃないけど、こういうのってどこかで費用対効果が線形変化じゃなくなるんだろうなぁ。
果たして適切なたとえかどうかは分からないですが、RPGであるような、
・必殺技レベル1
消費コスト 5
威力 10
・必殺技レベル2
消費コスト 10
威力 15
・必殺技レベル3
消費コスト 20
威力 25
みたいなバランスをイメージできますでしょうか。
単純に威力を消費コストで割った数値で比較しちゃうと、高レベルな技ほど損をしてるように見えちゃうんですが、実際にはそこにターンとか時間といった概念があるから、単位時間あたりに高ダメージを目指すという意味では、高レベルな技にもちゃんと価値があって、実際強い、みたいな。
多分、12000円のカニは必殺技レベル5とかそういう感じなんだと思います。
人生における食事の回数の上限ってのはある程度決まっていて、一般的に言えば10歳のお子さんに比べたら、60歳のおじいちゃんおばあちゃんの方が残されている食事の回数が明らかに少ないんだから、そういう意味では単位時間あたりに高威力の必殺技、それこそレベル5のカニを食べたっていいんですよ。
いやまあ、10歳のお子さんももちろん一緒に食べていいんですけどね。
無職になってからは特にそうですが、普段生活している感じだと朝ごはんってもうほとんど食べてないので、一日二食生活になっちゃってることを考えると、年間の食事の回数って800回も無いんだろうなぁ。
今のところ大きな病気とかが無いにせよ、あと何年生きていけるのか、そしてそのうち何年、五体満足で健康な暮らしを送っていけるのか、そういうのはきっと誰にも分かりませんが、向こう50年も生きていることもないと思うと、残されたご飯の回数もなんとなく見えてきたり。
そんな貴重な1回を、安易にコーンフレークに充当しちゃっていいのか!?
結論:いいんですよ。
コーンフレーク、おいしいからね。
コーンフレークしか食べられない人生というのはもしかすると若干楽しくないかもですが、数ある選択肢の一つとしてコーンフレークを食べられる人生というのは結構楽しいんですよ。
っていうかそもそも、今日のハンバーグさまは豪華(当社比)な食事の部類なのでした。
フミさんのここ数年の食費の状況として、だいたい月平均で2万円前後なので、そう考えると1回の食事で500円+食パン代って考えると、ちょっと豪華なのがお分かりいただけると思います。
そして、年齢的な意味でもお肉の塊を数百グラムもまとめて食べるのはなかなかしんどいのですよ。
お腹いっぱいでうごけにゃー。
今日も最後に、ロマサガ3リマスター進捗報告。
影の方の四魔貴族を全部倒しました。
その後、暗闇の迷宮に籠ってレアアイテムドロップのための乱獲に精を出してました。
・ドラゴンパンジー
ヒドラ革が2枚集まりました。
前の火術要塞のと合わせて、これで3個のヒドラレザーが作れます。
ブラックは魔王の鎧、ボストンは自前のロブスターメイルがあるので、とりあえずヒドラ革集めはおしまい。
・玄竜&ゼラビートル
主に水鏡の盾。
おまけで水心の爪。
水心の爪は一応フォルネウス戦で持ってれば装備したけど、別に魚鱗でもいいしなぁ、という感じ。
凝視の見切りを修得できたらいいなぁ、と思って戦ってたら、見切りの極意を覚えるより先に盾が3つ集まっちゃいました。
5人全員に盾を装備するつもりでいますが、ブラックは魔王の盾、もう一人はウィルガードでいいので、あとは見切りのための乱獲が続きます。
・グリフォン
タイニイフェザーのための乱獲。
でも別にフェザーブーツが欲しいというよりは、あくまでヒドラレザー等を開発するためにフェザーブーツも開発しなきゃ、という話。
烈風剣のおかげでラバーソウルの方が強く見えちゃうのがかわいそう。
・アスラ
みんな大好きアスラ道場。
使ってる武器種の技も大部分が修得できて、あと欲しいのはロビンのファイナルレターだけという感じ。
槍使いのぞうさんも無双三段は覚えてないけど、ラウンドスライサーを覚えたから別にいいかな、の気持ち。
こんな感じで暗闇の迷宮で乱獲を続けてたら、みんなHPが900オーバーになり、ぞうさんに至ってはそうそうに999に到達しちゃいました。
このあとトロールストーンも1-2個は欲しいなぁ、なんて思いつつも、そろそろ乱獲にも飽きてきたので、さくっとアビスへ足を運んじゃってクリアしちゃうかも、な気持ち。
移り気モニモニ姫。
事前に東方に行って魔王の鎧を攻略してると、四魔貴族の影を倒してからエンディングまですっごいあっという間な感じになるのですが、リマスター版だと暗闇の迷宮で戯れる時間が生まれるので逆にちょうどいい感じもあったりなかったり。
でもまあ、どんなに遅くとも今週中には終わっちゃうなぁ。
前のスパロボインパクトに比べるとあっという間。
まあそれはそう、という感じもしますが、それはそれとして年内にまたもう一個くらい何かプレイしたいところ。
2025年12月8日(月)
二重の本末転倒
フミと申します。無職になって1977日。
今日を含めて今年はあと4回しか月曜日が……ってもういいね。
今日のメインは食べ物のお話。
最近ゆでたまごを食べる時にふと思うのが、ゆでたまごのカラをもっとするりと剥けるようになったら、劇的に、とは言わないまでも、日々の生活のクオリティ、所謂QOLのちょっとした向上につながるんじゃないかなぁ、とかそんなこと。
まあ、せいぜい食べても週に1回とか2回なので、仮に現在の剥き速度が3倍になったとしても、それで得られる時間はホントにわずかしかないのですが、このQOL向上ポイントは時間短縮というよりも、あの力業では解決できないなんとも言えない感じのもどかしい作業が短くて済む、という精神衛生の方に寄与すると思うのです。
そんなわけで、この令和の世になって今更も今更ですが、google先生に「ゆでたまご むき方」とかそんなお伺いをしてみたところ、たまごの下の方に画鋲で小さい穴をあけておくといいよ、ってのを教えてもらいました。
なお、茹で上がったたまごを冷水でしめる、っていうのもそれとは別に見つかりましたが、そっちは既にやってまして、その程度じゃまだ満足できないのです。
で、画鋲ですか。画鋲ねぇ。
学校で壁にポスターとかを貼ったりするときのアレね。
ここで急に脱線しますが、このポスターをはるって時の「はる」の漢字表記ですが、張るなのか貼るなのか問題に、これを書いててぶち当たりました。
漢字のイメージとしては張るの方は、昨今の日常用語じゃなくて物理でいうところのテンションのイメージで、ピンとした緊張状態を想起させますよね。
で、貼るの方はのりでぺたーっとくっついてるイメージ。切手とか、春のパン祭りの応募シールとか。
じゃあ画鋲で壁に留めるポスターの場合はどっちなんだろう、って話で、四隅を適切に留めてたら確かにピンと張りつめている状態なので「張る」ってのも妥当な気がしますが、ノリでくっつけてた場合は「貼る」の方が妥当な気がするし。
でも待てよ。
この考え方をする場合、テンション的なニュアンスの「張る」はあくまでその物体の状態を示していそうな気がするぞ。
要するに「自動詞」っぽいイメージなのよね。糸が張る、みたいな。
勿論、テントを張る、みたいに他動詞として使う用法があるのは分かるんですが、それも結局「テントが張った状態にする」というニュアンスだと思うと、この「張る」という言葉の主成分はぴーんとする/させる、みたいなところだと考えられます。
一方「貼る」の方は他動詞で、何かをぺたっとくっつける、みたいなイメージで、状態ではなく動作を示していそうですよね。
ということは、だ。
「ポスターをはる」って表現した時に、話者がそのポスターを
「ぴーんとさせたぞ」
ってことを表現したいなら「ポスターを張る」だし、
「ぺたっとくっつけたぞ」
ってことを表現したいなら「ポスターを貼る」なんじゃないかなぁ、というところまで思考しました。
で、google先生で答え合わせ。
むむ。むむむ。
もっとさくっと答えが見つかると思ったら、ちょっとだけフクザツな事情がありそうな感じでした。
ざっくり眺めてみた結論としては、ポスターの場合は「貼る」が優勢だけど「張る」でもまあ誤用ではないよね、くらいな温度感でした。
というのも、10数年前の常用漢字の改正のタイミングで「貼る」が常用漢字に追加されたことで、従来は「張る」「はる」で表現されていたポスターも「貼る」で表現されることが増えて、みたいな経緯も絡まって、なんだか一筋縄ではいかなさそうな感じです。
あとね、ポスターなんかもそうなんですが、この世の中、ぺたっとくっつける際に、その対象物をぴーんと伸ばす行為とセットになってることが多いんですよ。
湿布とかもそうじゃんねぇ。
湿布は貼り薬の代表選手みたいなところがありますが、あれはくっつけることで患部を治療する、というものなので、当然湿布は「貼る」わけですが、その湿布を有効に機能させるには湿布を「張った」状態にして肌に「貼る」ワケですよ。
そう考えると「湿布を張る」と表現するのは、厳密には間違いというか、そのフレーズだと「湿布のフィルムをまだ剥がさずにピーンと伸ばした状態にした」というアクションだと解釈するのが妥当で、「湿布を貼る」でようやくフィルムを剥がして肌にくっつけられたぞ、って感じなのかも。
英単語的対応を考えてみるともうちょっとイメージしやすくなるかもで、「張る」の方はstretchとかspreadとかそういう系で、「貼る」の方はstickとかpasteとかそういう系なんじゃなかろうか、と。
ということで、ポスターについては用いたツールが画鋲だったとしても、ポスターを壁に「張る」っていう表現よりは、ポスターを壁に「貼る」って表現したほうが妥当なんじゃなかろうか、というのがここまでの考察の結論になりました。
日本語って面白いね。
閑話休題。
ゆでたまごの話です。ゆでたまご。
ゆでたまごをつるりんと剥くために画鋲が欲しいのですが、生憎我が家には画鋲はありませんでした。
そもそも、学校や職場ならいざ知らず、一般家庭に画鋲ってあるのかな。
で、代用できそうなものが無いか探してみたところ、普段あまり使っていないペン立ての中に錐を見つけました。
この錐、工具というよりはどちらかというと文具のような顔をしてるのでペン立てに入れてあったのですが、はさみに比べると使用頻度がとっても低く、多分2025年初登場なんじゃないかと思います。
そんな年一で仕事をするかしないかの錐くんですが、今回ゆでたまごをキレイに剥こう委員会の主要メンバーとしてめでたく抜擢されました。おめでとう。
ゆでたまごの動画を見て学んだ通り、茹でる前に小さい穴をあけようと試してみたのですが、これって結構怖くない?
下手に力を入れてヒビを入れようものなら、生卵成分がにゅるんって噴き出してきちゃいそうだし、かといってツンツンと軽くつっつく程度じゃ全然ダメージが入らないし。
実時間で何分間費やしたかは分かりませんが、この錐で生卵に小さい穴をあける作業というのが、これはこれで結構繊細さが求められる感じで、この作業時間とそのためのストレスは、果たしてゆでたまごのカラ剥き部分でちゃんとペイするんだろうか、と思ってしまいました。
で、結果はどうだったかというと、今日のゆでたまごはゆで時間がちょっと足りなくて、カラを割ってたら中身がそこそこぐじゅぐじゅ漏れ出てきてしまったので、効果測定不能でした。ちゃんちゃん。
ひどい。これはひどい。
何がひどいって、こんだけ長々と書いておいたら、当初の目論見通り、ゆでたまごが上手に剥けましたー!
みたいな結果を期待するじゃんねぇ。
それがさぁ。ゆでたまごがちゃんと作れませんでした、だぁ?
だいたいなー。
メインのつもりのゆでたまごの話よりも「張る」「貼る」の議論の方に長く尺を使ってない?
もっと言うと、今日はゆでたまごの話だけじゃなくって、一緒に食べた油揚げの話もしたかったのに。
子どもの頃に比べて、最近は油揚げをとてもおいしい食べ物だと思うようになったよ、っていう話をしたかったんですよ。
子どもの頃の油揚げって、お味噌汁にいるなんとなく食感が不思議な食べ物、くらいにしか思ってなくって、油揚げのおいしいメニューといえば
「油揚げの中に刻んだチーズとネギを入れてトースターで焼いたもの」
くらいしか思い浮かばないくらいだったんですよ。
でもね、最近油揚げを頻繁に食べるようになって、油揚げをいくつかの調味料と一緒に炒めるだけでも結構おいしいおかずだなー、って思うようになりまして。
なんなら上述のチーズ入り油揚げを改めて食べてみたら、昔はチーズの味だと思ってた要素が、実は油揚げの由来の味だったんじゃない?
なんて思ったりもして、個人的に油揚げくんの株が爆上がりしてるんですよ。
おいしい上に食べ応えもあって、そして何よりお安い。言うことないじゃんねぇ。
こんな感じの、油揚げに対する熱い思いをもうちょっと真摯に伝えるつもりだったのに、ゆでたまごに、ひいては張る/貼る談議に脱線してしまいました。
油揚げくん、ごめんよ。
2025年のベスト食材オブザイヤーは油揚げくんが受賞予定だからね。
いやー、行き当たりばったり系の雑記だと、当初思い描いていたプランと全然違う感じで進んじゃうこともありんすねぇ。
でもまあ、このくらいのゆるさでやっていくのがちょうどいいのかも。
そして今日も最後に、ロマサガ3リマスター進捗報告。
っていうか、バグ報告?
見て見てこの画面。

トレードでの一幕。
打倒ドフォーレ商会(赤字経営)の途中で、こんな画面が見つかりました。

トレードに限らず、ロマサガ3にはいくつかの没データが眠ってる話はそれなりに知られていますが、そういうのってメモリをいじったりしないと顔を出してこなくって、フツーのプレイというか通常操作ではアクセスできないところに眠っているイメージだったんですけど、今回はひょっこり顔を出してきた模様。

黄京や玄城などの東方の地域だったり、あるいはラシュクータなんかもトレードのデータを用意してたんでしょうね。
同盟を結んでいる各社と、ドフォーレ商会を除いて片っ端から買収していったら、この画面を見ることができました。
もしデバッガーだったら嬉々として障害表を発行してたと思います。笑。
で、ドフォーレ商会はというと、なんだかんだでグルメロアーヌが一度に40億くらい出資してくれるまでに成長したので、あっさりモニモニカンパニーに吸収されてしまいましたとさ。
2025年12月7日(日)
スマウグマラソン
フミと申します。無職になって1976日。
今日を含めて今年はあと4回しか日曜日がありませんよ。
今日は天気もよかったので自転車でひとっ走り、チョコレート屋さんに行ってきました。
チョコレート屋さんだけに、当然チョコレート目当てに買いに行ったのですが、なぜか一緒に売ってたおかきのフレーバーがちょっと珍しそうだったのでそっちも買っちゃいました。
マヨネーズ味とか、鶏手羽先味とか。チョコレート関係ないじゃんねぇ。
こんな感じで最近は自転車を買い替えたおかげでそこそこ頻繁にお出かけするようになりました。
そもそも自転車を買い替えた原因が自転車ですっ転んだのが原因だとすると、これはある意味ケガの功名という感じがしなくもないです。
一方、さほど大事ではないものの、先月すっ転んだ時に左肩側からズザーって感じで地面に叩きつけられたので、それ以降なーんとなくですが左肩をぐるぐるするとちょっとだけ違和感があるようなないような。
果たしてこれが打撲的なダメージなのか、それとも単純に四十肩的なものなか、真相はナゾのまま。
毎朝のラジオ体操の時に両腕を回すんですが、なんか左肩だけ怪しさがあるんよなぁ。
仮に打撲だったとしてもひざ小僧の修復みたいに外から分かるようなものじゃないので、これはこれで経過観察するしかないのかも。
そして今日も今日とて、ロマサガ3リマスター進捗報告。

神王の塔に登ってきました。
道中のモニモニ姫の呼びかけがちょっと面白かったのでスクショしちゃいました。

あとはトレードイベント2回目をやってみたり。
これは債務超過してそうなドフォーレ商会の図。かわいそう。
リマスター版になって一部のグループ技が妙に強くなってる感じで、グルメロアーヌとかは20億オーバーの出資をしてくれたりするんですが、そもそも買収対象の相場がそこまで高くないので、中盤以降はグループ技の一番最初に表示される「馬」グループで決着してる模様。ひひーん。
そして。

ついさっき、銀氷河でスマウグマラソンして入手しました。
といっても今回は30分くらいで入手できたのでかなりの上振れ。
これで今回のプレイの当初の目的だった「ぞうさんにスマウグ」を達成できました。
ステータスも大分上がって、四魔貴族もアウナスとフォルネウスの2体を倒しました。
魔王殿もビューネイの巣もいずれも宝箱は漁り終わってるので、後はもう倒すだけ、みたいな。
でもその前にアビスリーグイベントもやっておこうということで、急遽商売っ気に駆られてモニモニカンパニーを運営してる姫なのでした。
2025年12月6日(土)
ヒドラマラソン
フミと申します。無職になって1975日。
今日を含めて今年はあと4回しか土曜日がありませんよ。
年の瀬って感じですねぇ。
寒くなってきたので最近は部屋でも靴下をはいて、ひざ掛けしをながらパソコンしてます。
感覚的にはまだまだ新品の気持ちでいるんですが、パソコンを買い替えて早一年。
今のところ問題なく動いてくれてます。ありがとう、ガレリアさん。
去年はパソコンを買い替えたのに対して、今年は夏ごろにスマホの買い替えと、年末に自転車の買い替えとがあったので、ここ2年は例年より出費が多そう。
でもきっと、そういうのよりも電気代の高騰とかそういう生活インフラ系の値上がりの方が影響してるかも。
来年になったら改めて年間の出費内訳の確認をしてみようかな。
あ、そうだ。世間様的には、そろそろボーナスの時期じゃないでしょうかね。
通常のお給料タイミングとはまた違ってまとまった額がもらえる、なんとも不思議なシステム。
一般的な給与体系の方にとっては、まさに臨時収入って感じのイベントですよね。
今のフミさんには無縁はお話ですが、それでも世間様が幸せムードになるのはウェルカムです。
ボーナス、いいよね。うんうん。
もうボーナスをもらった組の人は、この週末にいつもよりちょっと豪華なご飯とか、いいんじゃないでしょうかね。お肉とかお肉とかお肉とか。
うちは無宗教だけど年末のクリスマスとなると、街が全体的に浮ついた感じで、全体的に街のオーラとしてこう、
「幸せだろう、幸せだよねぇ?」
みたいな雰囲気で世界を飲み込んでいくような、そんなところが好きです。
自分自身が直接どうこう、という影響は無いにしても、空気感とか雰囲気みたいなのにバフを受けてる可能性があります。
タダ乗りできるバフはありがたいね。
スーパーの食品コーナーのラインナップも徐々に年末年始向けにシフトしていきますよね。
カニとか。
あれって「いいお値段するなー」って商品を見て満足しちゃう感じですが、量にもよりますが1万円とか、すごいよね。ただただすごい。
「あら、カニ売ってる。いいわね」
的なノリで衝動的に購入できるお客さんはそんなに多くないとは思うのですが、それでも売ってるということはちゃんと買ってる人がいるんだろうなぁ。
そもそもなんですが、世の中の一般家庭で、出費を計画的にコントロールしている人達ってどのくらいいるんだろう、みたいなのがちょっと気になりました。
収入が不安定な職業だとちょっと難しいのですが、一般的なビジネスパーソン的な働き方をしていると、よほどのことが無い限りは月間、ひいては年間の総収入が事前に分かっていますよね。
残業の時間数で多少の変動はあれど、いきなり100万200万のオーダーでズレたりすることは無いハズ。
となると、その収入をあてにした上で、
「よし、今年は一年で○○万円使おう」
みたいな計画をしている人ってどのくらいいるんだろう。
もしそういう出費の計画があって、その計画の更新タイミングが1月なのであれば、更新直前の12月に余っているお金があったらその分を使っちゃおう、って気持ちにもなるかもなのですが、果たしてそんなご家庭が世の中にどのくらいあるんだろう。
フミさんの在職中は当然そんなコントロールをしていたハズもなく、どちらかというと何も考えずにお金を貯められる分は貯めてた感じで、さほど積極的に消費するってことはあんまりなかったかなぁ、という感じです。
まあそのおかげもあって、無職になってもしばらく食いつないでいける状況が生まれているのですが、それはそれとして、火急の要件に備えるお金、みたいなのを取っておくのは大事だとしても、ちゃんと日々働いている人なのであれば、必要以上にキープしちゃうのも、それはそれでちょっともったいない感じがしちゃうかも。
こういう年末の浮ついたシーズンに、浮ついた商品が多々巷にあふれてる状況で、そういう浮ついた感じのものを手に取るのを無駄遣い、と断じてしまうのも、なんだかちょっと寂しい感じがするんですが、もし事前に年間予算を立ててそれに準じて消費しよう、という意識があったら、もっと気楽に年末のカニやら海老やらを買って幸せな晩餐を過ごせたりするんじゃなかろうか、と思ったり。
これはとても感覚的な漠然とした話ではありますが、仮に資産が10億円あります、みたいな人だったら、そんな細かいことをいちいち気にする生活をしなくてもよくて、気の向くまま風の向くままに食生活を楽しんでいいと思うのですが、さすがにそういうのは限られた人で、じゃあこの年末のカニを買えるスレッショルドはどの辺なんだろうな、と考えると、これがかなり怪しいというか、この答えに個人差がかなり出そうな気がします。
年収が400万円の人と800万円の人がいて、後者が前者の2倍のゼイタクができるかというと、多分違うんだろうなぁ、みたいな話に近いものがあるかも。
税金その他で云々、みたいな議論の余地はあるにしても、家庭の事情よりけりだし、単純に年収の多寡だけで比較ができないのも分かりますが、この年末のカニを気兼ねなく買って楽しめるファミリー、あるいは別に個人でもいいですが、そういう人たちは一体どういう人なのか、ちょっとだけ気になります。
まあ、だからといってカニ売り場に張り込んで商品をカゴに入れる人をいちいちチェックしたりはしませんけども。
NRIの2025年のデータによると、1億円以上の純金融資産を持つ世帯数が全体の3%くらいはいるそうなので、100世帯中3世帯程度は1億円もってるよ、という話になるわけですが、じゃあ1億円あったらカニを買うのに抵抗がないかというと、それまた別のお話で、
「1億円程度じゃゼイタクはできないなぁ」
って考える人がいても、それは別に不思議はないというかなんというか。
しかし3%かぁ。
思ったより多いなぁ、というのが正直な感想。
ただまあ冷静に考えてみると、これは自分の想像力の無さによるものなだけかもしれなくて、というのは、周りの友人たちの資産がいくらあるのかなんて知る由もないので雰囲気で推察するしかないものの、まあ仮に自分と同じ世代の人たちの中でカウントしたら、確かに3%くらいはいてもいいし、なんならもっと多くても確かに不思議はないかもなぁ、みたいな感触。
ざっくり20年くらい働いて、その間の平均年収が500万円だとしたらそれで1億円だもんねぇ。
ここから税金その他を3割程度差っ引いて7千万円、そんな男女が一緒になったらその家庭としては1.5億円分の手取りになって、それで20年の間に5千万円分消費してなければ、確かに1億円くらいは純金融資産が残りますね。
というすんごい皮算用というか色々ツッコミどころはあるにせよ、そんな人が3%くらいは確かにいてもいいよね、という感じにはなりますね。ふむふむ。
こんなことを呑気に書いてると、
「そんな簡単にお金はたまらないんだから! ムキーっ!」
って一部界隈の人から怒られたりするかもですが、大多数はそうじゃないけど、中にはそういう人がいてもいいよなぁ、ってお話なので悪しからず。
「無職がなんか言ってらぁ」みたいなノリでさらりと流してくださいませ。
最後に、今日のロマサガ3リマスター進捗報告。

火術要塞に籠ること2時間くらい。
撃破&ロードを繰り返して、ようやく一枚目のヒドラ革を手に入れました。
ねんがんのヒドラ革をてにいれたぞ!

現状のステータスはこんな感じ。
戦闘レベルによらずクリアできそうな主だったイベントはそこそこ片付けて、ここからは順次四魔貴族を討伐していく感じになります。
火術要塞に来る前に、軽い気持ちでファイターモードで適当にアラケスに挑んだら返り討ちにされましたが、現状のステータスならばそれなりに準備して挑めばまあいけそうな雰囲気はあります。
なによりハーマンをさっさと黒髪ブラックに戻してあげたいので、まずはフォルネウス討伐をしちゃいたいところ。
あと、このあと銀氷河でのスマウグマラソンも控えてるので、もうちょっとステータスを上げて、さくさくドラゴンルーラー狩りができるように育てたいところ。
2025年12月4日(木)
再生能力
フミと申します。無職になって1973日。
ひざの傷が治りました。かさぶたくん、さようなら。
自転車で転んだのが先月の11日だから、完治するまでに20日以上要していたことになりますね。
子どものころはもっと早く治ってた気がするけど、やっぱり大人になると再生能力が落ちちゃうのかな。
しかしながらこういう皮膚の修復機能を目の当たりにすると、改めて人体ってすごーいって気持ちになります。
毎日ご飯を食べてるので一応燃料は投下しているものの、本人が何か考えずとも身体が自動的に修復作業をしてくれるんですよ。
剥がれたかさぶたはなんとなくビーフジャーキーの破片みたいな感じでかっちかちなんですが、これがこの20日の間に自動生成されたというのも不思議だし、傷があった場所はまだ周囲の肌と比べて若干色の違いが分かるものの、触っても違和感を感じない程度になってるのも不思議。
いや、不思議というか、すごいメカニズム万歳というか。
よくバトルマンガで人外のすごい敵が、腕を切り落とされても瞬時に再生しちゃうようなシーンがありますが、人間もこうして皮膚程度なら自然治癒しちゃうんだから、程度の差こそあれやってることは変わらないなぁ、なんて思ったり。
まあ、そんなこと言ったら普段生活してて勝手に伸びる髪とか爪とかも同じではあるんですが、あれはなんか「ダメージを受けて回復」って感じじゃないからなぁ。
と言いつつ、フミさんは小さいころから爪を噛む癖がなかなか抜けなくって、大人になってからはずいぶん改善されたものの、それが原因かどうか定かではありませんが、手の爪に関しては伸びる速度が異常に遅くなってしまいました。
というか、もうほぼ伸びてないんじゃなかろうか、という感じすらします。
ネイルが趣味とかでなくてよかったというかなんというか。
親指、人差し指、中指、薬指、小指、いずれも指を横から見た時に爪の最先端が指の腹よりも引っ込んでしまっており、指同士を横からくっつけた時に爪が触れ合うことがない程度に削れてるというか欠損している所謂深爪状態なんですが、これにより日々の生活で困ることと言えば、缶詰のフタを開けるのが非常に難しい、とかそういう感じです。
イージーオープンエンドの缶でも、自力では開けられずスプーンとかフォークを使って開けることがほとんどなので、あんまりイージーオープンじゃないのですが、これはさすがに私が悪いよなぁ、と思いつつも、もう今世ではこの機能は回復しそうもないので、来世では爪を噛まない人生を送れたら嬉しいな、なんて思ってます。
あとすんごくどうでもいい話なんですけども、今回こうして5本の指の名前を書き連ねて改めて気付きましたが、小指って「子指」ではなかったですね。
なんとなく音声だけ聞いてると指の中で親子関係がありそうな感じがしてましたが、他人だったっぽいです。
英語だとそれぞれ、thumb、index、middle、ring、littleって表現するそうで、この中だと親指が一番知名度が高そう。サムズアップとかサムネイルとかそうですよね。
中指と小指は日英で同質のネーミングですね。英語でもやっぱり親子じゃなかったです。ふへへ。
でもなんでこのぶんわり勘違いをしていたかというと、おそらく小さいころに
・おとうさんゆび
・おかあさんゆび
・おにいさんゆび
・おねえさんゆび
・あかちゃんゆび
みたいな対応関係を刷り込まれたからではなかろうか、と思うのですが、でもこれだとあかちゃんだけでなく中指も薬指も子どもっぽい話になっちゃいそうですね。
そもそも、親指って拇印とか母印に使われる指なので、お前は父親なのか母親なのか、どっちなんだい!?
っていうツッコミが生まれそうな気がしなくもないですね。
という、なんだか小学校の給食の時に話題になってもよさそうなレベルの、謎の日本語の話でした。
オトナになってもこんなことをもやもや考えててごめんね、世界。
最後に、今日のロマサガ3リマスター進捗報告。

寝る前にちゃんとおトイレも行けないようなプリンセスガードとは早々に別れてしまったモニカ姫改めモニモニ姫。
バンガードを動かして仲間集めのため東方へ出発しました。
まともに戦って勝てなさそうなウンディーネ&ボルカノはデイブレークで処理、乾いた大河の入り口のサンディーヌ3体もデイブレークで処理。
つよいぞすごいぞ太陽術。
水晶の廃墟に寄り道してお宝を漁りつつ、東方に到着。
で、序盤の東方遠征の最大の課題となる、ロマサガRSでも最近戦ったばかりの魔王の鎧ですが、現状遠攻撃ができるのがかなり限定されてて、モニカのバックスタッブはWPの都合上3発くらいしか撃てないし、ロビンはウインドダート、ハーマンはウインドダートとトマホークがあるものの、いずれも100前後のダメージしか出ないので、倒すまでにかなり時間がかかりました。
前衛のゼルナム族が不在の1ターン目はボーナスタイムでみんなでバカスカなぐれるものの、あとはゼルナム族を両方とも麻痺させて機能不全にして倒さないようにしながら、ちまちま上記の攻撃で削り倒しました。
ロビンとハーマンのWP/JPが尽きたら倒しきれなくなるところでしたが、ホントにギリギリなんとかなりました。

メインパーティメンバが揃ったよ!
ここからぞうさんの謎の槍生活が始まる予定。ぱおーん。
2025年12月3日(水)
ポカモニ日和
フミと申します。無職になって1972日。
日が落ちるのが早くなりましたねぇ。
インターホンが鳴ったのでモニタ越しに外を見てみたら、夕方5時過ぎくらいでもう真っ暗になってました。
昼が短くなりました。
今年の冬至は22日らしいので、まだまだ短くなりますね。
ちなみにインターホン越しの訪問者は謎の営業さんでした。
「この地域の担当になりまして、ご挨拶に伺いました。玄関先までお願いします」
前にも書きましたが、こういう感じで同じような言い回しをする人がそこそこ現れるんだよなぁ。
住宅とか太陽光パネルとか、その他諸々の商材で何かを契約させようとする組織的な存在。
でも絶対営業って言わないんよなぁ。
なので、今日もいつも通り
「はい、ご挨拶ですね! こんばんは~★」
って感じでちょっと頭悪そうに伝えてこれで終わるかと思いきや、これがちゃんと「ご挨拶」を字面通り受け止めた返答だと理解されたらしく、その後
「名刺をお渡ししたくて……」
みたいに情報をアップデートしてきました。
コヤツ、前の人よりやりよるな。
「お名刺でしたら、郵便受けにどうぞー」
って感じで今回も事なきを得ましたが、冬場になると寒いので一層玄関先とか行きたくなくなっちゃうよねぇ。
きっとこの人たちも趣味じゃなくてお仕事でやってるんだと思うけど色々大変ですねぇ。
無職の身としては世の中の働いてる人たちに一定の敬意みたいなものは感じるけど、こういう感じのお仕事はあんまり正義を感じないなぁ。
でもどうなんだろうね。
世のため人のためになってるお仕事と、そうでないお仕事みたいなのに簡単に分類ってできないよなぁ。
それぞれの立場ってのがありそうだし。
一見、みんなの役に立ってると思えるような、例えばバスの運転手さんみたいなお仕事も、
「なんだいなんだい、排気ガスを撒き散らして!」
みたいに疎んじられてしまう可能性だってあるわけだし。難しいですねぇ。
自分が正義を感じないからといって、それが必ずしも悪どい商売だってことにもならないから、逆にそういう人に直接どういうお仕事のモチベーションがあるのか聞いてみたい気もしてきました。
時間を持て余してることだし暖かくなってきたら聞いてみるのもまた一興。
本音では「好きでそういう仕事をやってるワケじゃないやい!」みたいなことを考えている可能性もなくはないですが、でもよくよく考えてみるとさ、少なくとも現代日本においては、どういう職業に就くかって、ほぼほぼ自分の意志で決めてるフシがありますよね。
確かに「好きで働いている人」は少ないかもしれないけど、「自分の意志とは無関係にその職業に就いてる人」ってのもかなり少ないんじゃないかと思います。
「気付いたらバスの運転手になってた!」
なんて話聞いたことないし。
数ある職業の中から自分で選んで、場合によっては試験とか面接とかを受けて、晴れてその仕事に自分の意志で就いてるわけだから、そこに何かしらのモチベーション、動機があるハズなのよね。
仕事を選べるような立ち場にないから、やむなく、みたいなこともあるかもですが、そうだとしても、各自に残された複数ある選択肢の中から何かしらの基準でチョイスしてるんだと思うので、それが前向きか後ろ向きかは分からないですが、何かしらのモチベーションがあるんだろうなぁ。
こういう曖昧でもやっとする訪問営業の職についてる人のモチベーションって、やっぱりお給料がいいとかそういう感じなのかな。
あるいは、疎んじられるかもしれないけど、人とお話するのがとても好き、とか。
でも自分に対して好意的でない人も多そうな環境でもお話するのが好きってのは、なかなかのツワモノ感があるよなぁ。
真のおしゃべりオバケさんはそういう感じだったりするのかな。
自分とは対極の世界過ぎて、いまいち想像がつかないです。
フツーに暮らしている中で、
「コイツむかつくー!」
みたいな人と会うことは個人差はあれどそれなりにまああると思いますが、それはいろんな人がいるから仕方ないとして、
「この人はなんでこれをお仕事としてやってるんだろう……?」
って疑問を感じる人ってのはあんまり多くなくって、その数少ない人の一例がこの謎の営業さんなんだよなぁ。
そういう意味で、私の中で結構ナゾの人レベルが高い職業でして、やや抽象的ではありますが、「この人の正義はどこにあるんだろうなぁ」と不思議に感じます。
でもまあ、苦しい思い、つらい思いをしてもお金がほしい、という考え方は、共感こそしないけど理解はできるし、そういう感じだったりするのかな。
個人的には、苦しい思い、つらい思いをしてまで働かなくてもいいんじゃないかな、なんて思ってしまうのですが、でもそういうのも個人差あるしなぁ。
と言いつつ現在無職のフミさんがお仕事をやめた理由は、別に苦しい思いやつらい思いに耐えきれなくて、という感じじゃないので、それはそれ。これはこれ。
もうすぐ無職になって2000日になるし、ここいらで、どうしてフミさんは無職になったのか、みたいなのを改めて語るタイミングがあってもいいなぁ。
無職のブログというとなにやら悲壮感を感じる人もいるかもしれませんが、ここは明るい無職、楽しい無職を全面に押し出していきたいところ。
この訪問営業の人に限ったことじゃないけど、みんな、がんばれー!
個人的には好きじゃないし、どちらかというと嫌いなタイプのお仕事ではあるけど、それでもフミさんは寒い中働いてる人を応援してます。
そうそう。
スパロボインパクトを終えて次のゲームはどうしようかな、で白羽の矢が立ったのは……こちら!

ロマンシングサガ3のリマスター版です。PSVitaでプレイしてます。
ロマサガ3は原作SFC版を随分遊んで、このリマスター版も発売と同時に買って遊んでいたのですが、ここ最近リベサガの初見プレイを配信してくれてるVTuberさんをよく見ていたせいか、久しぶりにコンシューマ版のサガシリーズを遊んでみたくなりまして。
今日始めたばかりでようやくオープニングイベントを終えた程度でまだそんなに進めていないのですが、今回はこんなパーティでいきたいなぁ、という思い。
モニカ/剣
ロビン/小剣
ボストン/体術
ブラック/斧
ぞう/槍
これまで何度もプレイしてたけど、その中で「ぞうの鼻で盾を使える能力」を試したことが無かったので、適性を無視してでもぞうに両手武器として竜槍スマウグを持たせてあげたい、というのが主なモチベーションです。
あと、すごくどーでもいいですが、名前もデフォルトネーム以外でプレイしたことなかったので、せっかくだからモニモニ姫に変えてみました。
おかげでシリアスシーンも台無しよ。
ちなみにフミさんはユリアン/エレン/モニカの三角関係は、ユリアン-エレン派です。
ユリモニ派、すまねぇ。
だってさー、他主人公でユリアンを仲間にするときに、プリンセスガードが堅苦しいとか言って抜け出そうとするのはさー、なんかさー、っていうのもありますが、やっぱり幼馴染にはくっついてほしい気持ち。
エレンの気持ちはどうなの問題はなくもないのですが、それでもやはり。

みんな大好きポカモニのシーン。
ポカポカ言うのは綾波レイかモニカ姫かって話ですよ。
スパロボインパクトの時はPS2環境の画像取り込みができずやむなくケータイカメラに頼りましたが、PSVitaならPCにスクショデータを渡せて便利ね。
とりあえずぞうさんをさっさと仲間にするべく、東方の魔王の鎧をしばきに行きたいところ。
ロマサガ3は学生時代にさんざん遊んだおかげで、改めて攻略サイトとかを見なくてもほぼほぼすべてのイベントフラグが脳内にあって、サクサクプレイできます。
きっとこういう人多いんだろうなぁ。
スクエニさん、リベサガのリマスターがとてもよかったので、ロマサガ3のリマスターも楽しみにしてます! なにとぞ、なにとぞー!
2025年12月2日(火)
月初に無職はかく語りき
フミと申します。無職になって1971日。
12月になりましたねー。もういくつ寝るとお正月。
今日のぎょーすーさんでの一コマ。
月一で通うぎょーすーさんのレジは有人レジで現金払い、という昔ながらのお会計方式なのですが、今日もいつも通り食料品数点を買いこんできました。
3千円ちょっとのお会計の際に、お札と小銭を出したところ、なんだか店員さんのおねーさんが一瞬ですが怪訝そうな感じで何か言いたげに、でも結局何も言わずに会計を済ませてくれました。
私としては
「ハテ?」
という感じでお釣りを受け取った後にサッカー台で商品を鞄にしまっていたのですが、その時点でようやく、支払い時に千円札を出しつつお釣りでも千円札を受け取っていたことに気付きました。
レシートを確認したら、3516円の会計に対して、4550円支払って、お釣りとして1034円受け取る、という謎ムーブをしていることが判明しました。
店員さんはお金を出された時点で
「この人、千円多く出してる……(チラっ)」
って感じだったんですが、それを指摘しちゃうと角が立つと思って、ぐっと言葉を飲み込んで何事もなかったかのように処理してくれたに違いない。
ぼーっと生きててごめんなさい。
とはいえ、それに気付いたとて時すでにおすし。
今更レジに戻って
「千円札、余分に出しちゃいました。てへぺろ~」
とか言うのも野暮ってもんなので、こっちも心の中で
「千円多く出しちゃって混乱させてごめんなさい」
とテレパシーを送っておきました。
もし私が時間を操る系の能力者だったら、会計前に時を戻して千円札を1枚少なく払うところでしたよ。
ところで、今回そんな思いをしてお買い物した商品の一つに、スパイスケーキなるものがありまして。
パウンドケーキっぽい見た目のお菓子なんですが、名前から察するにちょっとスパイシーな感じなのかな?
とちょっとした怖いものみたさで試しに買ってみて、ついさっき食べてみたのですが、なんかどの辺がスパイスなのか分からない感じで、ちょっと肩透かしを食らっちゃいました。
別にマズイとかそういうワケじゃなくって、単に名前から想像してた味と違ったというだけで、フツーに甘くておいしいと思いました。はい。
こんな感じのなんだかマヌーな生活ばかり送っていると思われては無職の沽券にかかわる、と思いまして、今日はそんな印象を払拭、相殺するべく、なんか語ってみようかな、ということで、最近ふわふわ感じていたAI、もとい人工知能について思うところをちょっと書いてみよう、と意気込んでいました。
ただ、今一つ最近流行りの人工知能と呼ばれているものがどういうものか、あまりにも分かってないのでちょっとだけ調べてみようかな、と思ってGoogle先生に聞いてみたところ、AI、AIと言われてるうち、主に対象となっているのはディープラーニングという手法なんじゃないか、というところにたどり着きました。
で、このディープラーニングというのがどんなものなのか、名前から察するに、多層構造のニューラルネットワークなんだろうな、くらいはイメージができたのですが、それだけだとどの辺が画期的なのか今一つ想像しにくかったので、もう少し調べてから発言しようかな、という気持ちになりました。
というのも、今から20年くらい前、フミさんの学生時分は、当時の人工知能として研究対象になっていたニューラルネットワーク、ファジィ推論、遺伝的アルゴリズムといったような概念を大学の修士課程まで学んでいた理系学生というか情報工学系学生だったので、「ニューラルネットワークで誤差逆伝播法で学習するモデル」というフレーズは人並みに理解できるのです。
ただ、修士課程を修了して以降、当然のようにその手のジャンルとは無縁の生活を送り、さらにここ5年ほどは一般社会とのダンゼツと言っても過言ではない身の振り方をしているため、果たしてこのフミさん的空白の20年の間にニューラルネットワークに何が起きたのか、そしてなんでこの人工知能の一ジャンルに過ぎなさそうなニューラルネットワークがさも人工知能の代表のようにAI、AI、と叫ばれているのか、その辺がちょっと気になる感じ。
人工知能ってもっと広義の概念じゃなかったっけ。
かるーく調べてみたところによると、ディープラーニングは従来のニューラルネットワークとは違って特徴量を自動的に抽出できるぞ、すごいぞ、みたいな説明がいくつか見つかったのですが、ニューラルネットワークにおける特徴量って入力層への信号そのものじゃなかったっけ?
それが自動で抽出? ってことは入力データが自動なの? んぅ???
という感じで若干宇宙ネコになりました。
さすがにそれはなくない?
さすがにこれでは巷で話題になっているAIブームに取り残されてしまいそうな気がしたので、自分の中の「なーんとなく知りたいことリスト」にディープラーニングを追加しておきました。
とまあ、こんな感じでフミさんの中の人工知能の理解は20年前で止まっているので、世間一般でAIと言われるものが何を指しているのかは分かりませんが、ファジィエアコンやファジィ炊飯器、なんてのが一般家庭に出回ってた頃から、そういうのも人工知能だよねぇ、って思ってるし、手書き文字を判別、認識するようなシステムだって、こういうのも人工知能だよねぇ、みたいなアバウトな感覚でいます。
なので「反AI」みたいなフレーズを見ると、なんだかとても幅広い分野を示す何かに反対してるようにも見えて、それはそれで捉えどころが無い感じです。
人工知能という概念全部に反対してるならともかく、そうでないなら人工知能のどの部分に反対してるのか、具体的にフォーカスを絞った方が伝わりやすいと思うし。
遺伝的アルゴリズムに反対してるの? きっと違うよね?
みたいな。
まあ、こういうのはキャッチ-な単語、分かりやすい単語の方が、マニアックな単語よりも使われやすいから、もしかしたらそういうのもあるのかなぁ、なんて思いながらふんわり眺めてます。
そもそも昨今の文脈で人工知能と言ったらディープラーニングかな?
という予想も果たして本当に正しいのかどうかも分からないのですが、仮にそうだとしても、ディープラーニングのニューロン構造や学習アルゴリズム自体はあまり反対の対象にはならなさそうで、対象になるとすれば学習時のデータセットの取り扱いなんだろうなぁ、くらいには予想ができるのですが、もしそうだとしたらそれをもって「人工知能は悪い文明!」みたいに言われちゃうのは、なんだかちょっと不思議な感じ。
天の助もビックリ。
そんなわけで、これを書いてる今時点では、ディープラーニングの定義が分かっていないのでなんとも語れないながらもとりあえず文章を紡いでみました。
中間層が複数あるニューラルネットワークで、学習方法がバックプロパゲーション、というだけだとそんなの昔からありそうじゃん、って言われちゃいそうな気もするので、多分もうちょっとちゃんとした定義がありそうな気はするんですが、そういう定義の詳細と、それに基づいたサンプルコードみたいなのをちょっとだけ見てみたいなぁ、そんな書籍があるといいなぁ、なんて思いました。
こういう時、こぞってきっとみんなpythonだなんだと言うんでしょ。
別にC言語で書いてくれたっていいんだからね?
あ、今月も忘れない、定点観測~。
ミックスナッツ1.0kg:1650円 -> 1650円 (前月比:±0%)
FRISK スパークリング 30缶:1950円 -> 3380円 (前々月比:+73%)
でした!
FRISKスパークリングの値上がりがすごい。
なんかブラックフライデー的な何かでお安くなってたりしないかな、なんて思ったけど、そんなことはなかったですよ。ざーんねん。